油断編17/神気分はある日突然に
超昔々のことですが、TV番組で「スーパーマン」を演じていた俳優ジョージ・ リーヴス(1914-1959年)が、ある日のこと、自殺か他殺か不明な“射殺死体”で 発見されるという事件がありました。 ~不死身のスーパーマンも死ぬのかよ~なんて冗談も囁かれたほどに、 当時の日本では... 続きをみる
日本の常識は世界の非常識?この国が体験してきたユニークな歴史《日本史》の不思議をヤジ馬しよう!
超昔々のことですが、TV番組で「スーパーマン」を演じていた俳優ジョージ・ リーヴス(1914-1959年)が、ある日のこと、自殺か他殺か不明な“射殺死体”で 発見されるという事件がありました。 ~不死身のスーパーマンも死ぬのかよ~なんて冗談も囁かれたほどに、 当時の日本では... 続きをみる
現代の常識基準にてらせば今回のお話の内容はいささか問題あり、になるのかも しれません。 その判断は筆者には手に余るものですので、これより先の文章にもお付き合い くださる場合はトコトンまで自己責任ということでお願いしておく次第です。 お話の対象は基本的に「オトナ」の方に限定しています。 ですから、お... 続きをみる
日本語としてはいささか特殊に感じられる音韻を持つ言葉があります。 例えば「ひょっとこ」、あるいは「こんぱる」などがそれで、その発音は 割合に漢字に馴染みにくい印象になっています。 他にも「きんぴら/こんぴら」なんかもその部類に数えていいのかもしれません。 しかし探ってみれば、それらそれぞれが立派な... 続きをみる
後に日本最初期の職業写真師のひとりとして名を挙げられることになる上野彦馬が 生まれたのが1838年のこと。 奇しくもその翌年(1939年)に、写真技術(銀板写真/ダゲレオタイプ)が 発明されています。 そして、早くも1840年代には欧米で一種の「肖像写真」ブームが見られたそうですから、 人間の... 続きをみる
~うけい(うけひ)は、古代日本で行われた占いである~ 聞きなれない文言が入った文章にぶつかったので、少し追ってみることにしました。 自慢ではありませんが、ヒマがあってこそできる業です。 それはさておき、その姤にはこんな説明が続いています。 ~宇気比、誓約、祈、誓などと書く~ なるほど、表記の方法も... 続きをみる
~天皇(という存在)は神の子孫である~ 日本では一応このようにされてはいるものの、そもそも神の存在自体を科学に証明する のは困難ですから、同様にその子孫の存在についての証明も無理なことです。 そこで、「日本民族はこうした信仰心を持っている」、まあこの程度の受け止めの 方が無難なのかもしれません。 ... 続きをみる
現代ではとんと見られることがなくなった「天然痘」も、実は明治時代に入るまでの 日本ではかなり猛威をふるっており、その凄まじい病状自体がまた「恐怖の対象」に なっていました。 「とんと見られることがなくなった」わけですから「天然痘」と聞いてもピンと こない御仁もおられましょう。 何を隠そう筆者もその... 続きをみる
いわゆる「黒船来航」という出来事について、Wikipediaはこう説明しています。 ~嘉永6年(1853年)に代将マシュー・ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍 東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦船4隻が日本に来航した事件~ 実はこれだけではなく、さらに続いて、 ~艦隊は江戸湾入り口の浦賀(神奈川県横須... 続きをみる
三世紀の中国大陸は魏(ぎ)・呉(ご)・蜀〈しょく〉の三つの王朝が並び立つ、 いわゆる「三国時代」(184-280年)にありました。 そうした中でのこんな会話も聞かれたのです。 魏人A 「おいおい、この先の東の海の、その果てに浮かぶ小島のことを知ってるか?」 魏人B 「詳しくは知らんが、なんでも倭人... 続きをみる
ひょんなことから、鉄道のことが話題になりました。 「日本初は、いつ、どこだったか」ということです。 しかしまあ、江戸幕府の時代に開通していたとは思えませんから、普通に考えれば 「明治時代」ということになるでしょう。 そしてまたその場所も、おそらくは鉄道唱歌にも歌われているように 「新橋(東京)」だ... 続きをみる
尾張の虎とも呼ばれた織田信秀(1511-1552年)と、その嫡男でる信長(1534-1582年) の二代に仕えた平手政秀(1492-1553年)は、信秀が死ぬと後を追うように 自刃しています。 その理由については、 〇信秀亡き後の織田家の派閥争いが原因 〇後継者となった信長とは以前から反りが合わな... 続きをみる
「ハビアン」という名前の日本人をご存知でしょうか? あまりにキラキラネーム過ぎる印象で、ちょっと怪しい雰囲気がしないではありません。 そこで、ちょい調べることにしてみたのです。 すると、こんな説明になっています。 ~ハビアン(1565-1621年)。 本名不詳。 禅僧を経てイエズス会の門をたたき... 続きをみる
筆者は読んだことがありませんが、「新約聖書」にはこんなエピソードが 記されているそうです。 イエスが弟子たちと共にエルサレム神殿を訪れた際の出来事です。 ~神殿の境内が商人たちの商売の場と化していたことに憤り、イエスは、 /両替人の台をひっくり返す/鳩を売る商人たちを追い出す/売買をしていた ... 続きをみる
図書館でひょいと手に取った本の、そしてたまたま目にしたページに こんな文章があって、ついうっかり「衝動借り」してしまいました。 ~ご存知の通り、私は他の作家諸氏が取り扱わない役目を題材にした物語を 得意にしている。 屋右筆、勘定吟味役、御広敷用人、お髷番こと小納戸月代御髪係、表御番医師、 闕... 続きをみる
ひょんなことから、町内長老の思い出話を聞く羽目になって・・・そのひとつがこれ。 長老ご自身の記憶によれば、なんでも1984年(昭和59年)頃のことらしいのですが、 こんな本が出版され、随分と評判になったとのことです。 つまり、今から数えれば40年ほど以前の超昔々の出来事になります。 その本とは、尾... 続きをみる
江戸時代のあれこれを紹介した本にひょいと出会い、何気にそれを眺めていた ところ、ひょっこり「将軍の一日」というページに行き当たりました。 これまでの筆者は、実は一度たりとも「将軍生活」というものを経験したことが ありませんでしたから興味津々です。 そこで首を突っ込んでみたところ、ご丁寧にも将軍生活... 続きをみる
天下平定を目前にした織田信長(1534-1582年)が家臣・明智光秀(1528?-1582年) の謀反に倒れた後の天下を掌握したのはこれまた信長の家臣であった羽柴秀吉 (豊臣/1537-1598年)でした。 そして、さらにその秀吉が死を迎えたことによってその後の豊臣政権には大きな ヒビが入ることに... 続きをみる
日本史上初めての武家政権である鎌倉幕府が誕生する、そのおよそ250年前のこと、 武士という存在はすでに台頭し、その勢力をさらに広げる勢いにありました。 その草分け的存在ともされているのが平将門(生年不肖-940年)です。 そしてこの方は、併せて幾つかの「日本初」のタイトル?も保持しているのです。 ... 続きをみる
奥州藤原氏については、こんな説明になっています。 ~前九年の役・後三年の役の後の1087年から、源頼朝に滅ぼされる1189年までの間、 陸奥(後の陸中国)平泉を中心に出羽を含む奥羽地方(現在の東北地方)一帯に勢力を 張った藤原北家の支流の豪族~ この程度の案内でも分かる人には分かるのでしょうが... 続きをみる
明治時代以降次第に解禁されていったようですが、それまでの社寺や霊山などでは 「女人禁制」、つまり女性に対する入山禁止を原則としていました。 そこには、現代における「女性差別」とか「女性蔑視」とはいささか意味合いの 異なる「信仰上の理由」があったとされています。 そうしたところの見解をメッチャ簡単に... 続きをみる
重さや長さなどを表わす「単位」は、当然ながら日本史にもいろいろな形で 登場しています。 では、そうした単位のうちに「速度(スピード)」を表すものあったものでしょうか? 現代でいう「時速〇km」といった類の単位のことです。 それを表すために必要な要素、「距離」と「時間」についての単位は確かにありまし... 続きをみる
「隠密」(おんみつ)とは、こう説明されています。 ~主君などの密命を受けて秘かに情報収集などに従事する者~ 要するに「隠れてヒッソリ秘密裏に」ということですから、現代風にいうなら 「スパイ稼業」、つまり秘密諜報員/地下工作員/産業スパイもどきのイメージに なるのでしょうか。 幕府/諸藩/その他な... 続きをみる
今までそのすぐ目の前を割合よく往き来していたのに、これまでとんと無関心で 無頓着にやり過ごしていた場所が、なんと「史跡」とされていることを知って ちょいとばかり驚いた次第です。 ~へぇ、こんな狭っ苦しい場所が史跡だってか~ さて、その場所は、国道一号線を跨いで熱田神宮の南西に位置した、その距離も ... 続きをみる
いつもの通り、お話は古今東西いろいろに飛び散ることになりますが、 さてこんな説明にぶつかりました。 ~(革命とは、)被支配階級が時の支配階級を倒して政治権力を握り、 政治・経済・社会体制を根本的に変革すること。 また漢語の「革命」の語源は「天命が改まる」の意味で、王朝交代に使用された~ 同じ「... 続きをみる
面白いから読め読めとの、ちょいとした強要をひょんなことから受けるハメに なりました。 それが井原忠政著『三河雑兵心得』シリーズ(双葉文庫)であって、そうした経緯から 今回のそのうちの「拾四/豊臣仁義」のなかの一文から話題をつまみ出して みることにした次第です。 ともかく、シリーズ「第14巻」という... 続きをみる
とある選挙の開票結果を伝えるTV画面をぼんやり眺めていました。 当選が決まるや、その選挙事務所に集まった支持者たちと万歳を繰り返す光景は、 相も変わらずというところでしたが、ところが昔はお約束のように行われていた 達磨に目を入れるパフォーマンスはありませんでした。 そういえば、そうした光景を最近は... 続きをみる
~野見宿禰(のみのすくね)は、土師氏の祖として『日本書紀』などに登場する 古墳時代の豪族である~ ひょっこりのこと、Wikipediaにこう説明されているのをみつけました。 しかしちょっと待てヨ、この名前、どこかで聞いた覚えがあるゾ。 ということで、その「野見宿禰」なる人物の来歴を探ることにし... 続きをみる
筆者の生息地・尾張にはこんな言葉があります。 「尾張名古屋は城で持つ」 こんな意味合いだと説明されています。 ~江戸時代に流行した俗謡の一節で、名古屋城を自慢する言葉~ その名古屋城本丸は周りを堀で囲まれており、もう少し丁寧に眺めると、その堀の 外側の位置にニケ所の「金シャチ横丁」があることに気が... 続きをみる
「神も仏もない」 これは世の無情、たとえば、大きな不運や不幸に見舞われたりしたことを嘆くときに、 よく使われる言葉です。 要するに、 ~この世の中に、慈悲深い神サマや仏サマが確かに存在してくれているのなら、 これほどまでの不運・不幸に見舞われることはないはずだ~ こうした気持ちを言い表しています... 続きをみる
徳川幕府歴代15人の将軍には、正室の他にもそれなりの人数の側室がいました。 その歴代分の全部を合算すると一体何人になるのかは知りませんが、その中に たった一人だけ、極めて異例で「例外」的な扱いを受けた女性がいます。 二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正室・お江サン(1573-1626年)がそ... 続きをみる
拙宅からトボトボ歩いて15分ほどの場所に「七里の渡し」(宮の渡し)跡があります。 さて「七里の渡し」とは、その昔の街道である東海道五十三次の第41番目の、 ここ「宮宿」から次の第42番目「桑名宿」までの概ね七里(28km)の距離を船で渡る、 東海道唯一の海路を指しており、その出発地」、あるいは逆コ... 続きをみる
今回のお話の主はオギュー・ソライ。 ちょっと聞いただけだと、あたかもフランス人あたりの名のようにも感じられますが、 実は歴とした日本人の名前で、漢字で表すなら 荻生徂徠(おぎゅう・そらい/1666-1728年)となります。 どんな人物なのか。 ~江戸時代中期の儒学者・思想家・文献学者で、「古文辞学... 続きをみる
なにげに手に取った本にこんな一節がありました。 ~特に宝暦四年(一七五四)、六角獄舎前で古医方の医師・山脇東洋たちが 行った国内初の人体解剖は、漢方医学の誤りを糺し、洋書の正しさを 証明した画期的事跡~ 澤田瞳子・短編「人待ちの冬」 ところが、うすらボンヤリながらもそれとは違った記憶もあって、... 続きをみる
播磨国赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(1667-1701年)が、江戸城松之大廊下において、 高家旗本(高家肝入)・吉良上野介吉央(1641-1703年)に斬りかかるという 由々しき事件を引き起こしたのは元禄14年3月14日(1701年4月21日)のことでした。 当日の江戸城が朝廷使者の接待準備を進める大... 続きをみる
江戸時代の作家・俳諧師である井原西鶴(1642-1693年)には、俳諧を 短時間・大量創作することに挑んだ時期があって、1677年には一昼夜でなんと 1600句という記録を打ち立てたとされています。 ところが、どんな分野にもそうした記録に対抗心を燃やす者は出現するもので、 数ヵ月後にはこの記録も破... 続きをみる
さて皆様は歴史に登場する言葉それぞれの違いについてよくご承知でしょうか。 例えば、よく似た文字が並ぶ以下の言葉です。 〇公家(くげ) 〇公卿(くぎょう) 〇公暁(くぎょう/こうきょう/こうぎょう) えぇ、かく申す筆者自身はかなりのオタオタ状況に陥ってしまうほどの、いわば 教養弱者ということもあ... 続きをみる
明治時代に入る以前のこと、熱田神宮の東方には「精進川」が南北に流れていました。 明治初期頃のその姿は、このように記録(1879年/明治12)されています。 ~精進川 村(3村合併の常盤村)ノ西方ニアリ 常水二尺(水深約60cm) 幅二間半(約406m) 緩流ニシテ清且淡ナリ 舟楫通セス堤防ナシ... 続きをみる
新年おめでとうございます・・・今年もよろしくお願いいたします。 お約束のご挨拶はこれくらいとして、さて、新春ということもあって、 本年最初の話題として、めでたいテーマを選びました。 ズバリ「宝船」と今年の干支である「蛇」と、そして「七福神」です。 ええ、どれも年賀状イラストなどでよく知られているも... 続きをみる
時折耳にする~日本の常識は世界の非常識~という感覚は、何とはなく信仰の面にも 当てはまる気がします。 たとえば、キリスト教やイスラム教などのいわゆる「一神教」に対して、日本の場合は、 「八百万神」と言われる数多の神々を祀っています。 「一神教」の世界からしたら、こうした日本の信仰態度は神に対する常... 続きをみる
とんと知りませんでしたが、こうした講演会が地元で開催される旨のお知らせが ひょっこりLINEに入りました。 〇講師・講演/千田嘉博 「桶狭間の戦いと大高城」 〇日時・会場/2024年12月21日㈯ 13:00→15:30 名古屋市教育センター講堂 〇申込・定員/定員800名 事前申込制(... 続きをみる
筆者の生息地・熱田では、地元の熱田についてもっとよく知ろう、もっとよく 知って貰おうとの趣旨のイベントがこ数年続けて開催されています。 うっかりすると噛みそうなタイトルですが、「あったか!あつた魅力発見市」と 銘打っています。 もっとも、こうした地元の啓発・情報発信という高尚系の目的だけではなく... 続きをみる
たまたまの用事でとある超長老宅へ伺った時のこと、床の間の掛け軸にひょいと 目が留まりました。 そんな折に、たまたまのことWikipedia記事に同じ図柄を見つけたのです。 そうした御縁もあって、すこぶる安易な姿勢でなんとも申し訳ないのですが、 それを今回のテーマに取り上げることにしました。 しかし... 続きをみる
ひょんなことから、いわゆる「子孫」に対する呼び方を探ってみることになりました。 「自分自身」を基準の「0世代」として眺めた場合、1世代下るごとにそれぞれが どんな呼び方になるかということです。 1世代目=子/2世代目=孫/3世代目=曽孫/4世代目=玄孫(げんそん やしゃご)、 多分ここらあたりまで... 続きをみる
組織のトップに征夷大将軍を据える形の「幕府」という政治方式を採用した 武家政権は、日本の歴史上に三つ登場しています。 しかも、そうした幕府の名称がそのまんま日本史の時代区分の名称にも採用されて いるわけですから、このことはかなり重大な意義を持つものと思われます。 念のために、そうした幕府を時代順... 続きをみる
最初にこのお話を知ったときには、てっきりよくある歴史ヨタ話の類かと思いました。 しかしどうやら然にあらずで、逆に歴とした史実ということです。 そこで幾分の前説を加えながら、そのお話を取り上げてみた次第です。 さて奈良時代以降の天皇の命令には「詔」とか「勅」があって、それらの総称を まんま「詔勅」と... 続きをみる
10月のアメリカ大統領選挙に続き、11月に入ってからは国内の衆議院選挙、 さらには、その経緯が話題になった兵庫県知事選挙、ついでのことに筆者の 生息地での名古屋市長選挙と、このところあれこれの選挙が慌ただしく続きました。 そして結果といえば、アメリカ大統領選は事前予想されていた大接戦どころか 圧勝... 続きをみる
日本人が一番好きな演劇は、最大公約数的になら「忠臣蔵」に落ち着くのかも しれません。 その源泉を辿ってみると、実際に起こったいわゆる「赤穂事件」(1701-1703年)を 題材にした芝居「仮名手本忠臣蔵」がメッチャの大人気を博したことに行き当たり そうです。 始まりは人形浄瑠璃の演目として登場しま... 続きをみる
江戸幕府第二代将軍である父・秀忠(1579-1632年)とともに上洛(1623年)した 徳川家光(1604-1651年)は、朝廷より,将軍宣下を受けました。 第三代将軍の誕生です。 そして二年後、大御所だった秀忠が死去した際には再びの上洛を果たしました。 その大きな目的のひとつに、江戸幕府の権威... 続きをみる
前回の「信長塀」に続いて今回も話題は熱田神宮の境内散策になります。 しかし、どうやら以前にも同じようなテーマを扱ったことがあったようですが、 書き終わるまでてんで気が付かなかったという為体でしたから、まあそこは ゴメンナサイよ。 で、前回の「信長塀」の場所から北を向いてみます。 するとイヤでも「神... 続きをみる
筆者のお散歩コースのひとつに熱田神宮があります。 鬱蒼とした杜になった境内を散策するものですが、実はこの場所は歴史あるいは 伝承などの宝庫でもあるのです。 そんな中から、今回は「信長塀」取り上げることにしてみました。 その名称にある「信長」とは、もちろん戦国時代の大英傑であり、かつまた 地元出身者... 続きをみる
用事があってふらっと自転車でお出かけしてみると、普段は通過するだけの商店街の雰囲気が いつもとはちょいと違っていました。 目立つ場所に「〇〇(商店街名)まつり」のポスターがあって、ついそれに 目が移ったのです。 「魔が差す」って、こういうことを言うのかもしれません。 そこには武士の時代を題材にした... 続きをみる
江戸幕府第三代将軍・徳川家光(1604-1651年)のエピソードには割合ユニークに 感じられるものも少なくありません。 たとえば、将軍職に就任した際に諸大名に発したこんな言葉。 ~余は生まれながらの将軍である~ 将軍になる人自体が非常に稀である上に、そこに「生まれながらの」が付くのですから、 「... 続きをみる
異国の宗教である「キリスト教」が初めて日本に伝わったのは戦国時代のことと されています。 ~1549年にカトリック教会の修道会であるイエズス会のフランシスコ・ザビエルに よる布教~ これが最初だとされ、教科書などもこの内容をもって定説としているようです。 これを逆に言うなら、こうなります。 ~(公... 続きをみる
織田信長>鳴かぬなら・殺してしまえ・ほととぎす 豊臣秀吉>鳴かぬなら・鳴かせてみせよう・ほととぎす 徳川家康>鳴かぬなら・鳴くまで待とう・ほととぎす ホントに御本人が詠ったかものかどうか、そこいらへんはいささか怪しく感じられる ところもありますが、戦国の英傑とされる御三方の気性を的確に表していると... 続きをみる
あれこれの異説もあるようですが、通説に従えば初代・神武天皇から第44代・元正天皇 までの歴代天皇の諡号は、淡海三船なる人物が一括で付けたものとされています。 とはいうものの、第39代・弘文天皇はその中に含まれていません。 それはある意味当然なことで、明治時代になるまでその「即位」はなかったとされて... 続きをみる
まっこと突然ですが、漢字「殿」の読み方を幾つご存知でしょうか? ネット上のgoo辞書で確認してみると、こんな説明になっています。 〇音読み/デン・ テン 〇訓読み/との・ どの これらはどちらも一般的な読み方で、特段のビックリはありません。 ところが例外的な訓読みもあって、その場合は「しんがり」... 続きをみる
筆者の生息地・名古屋において少し先に「相国寺展」なる催しが予定されていることを つい先日の地元新聞の日曜版(2024・09・24)特集記事で知りました。 よく見ると主催者の一覧にその地元新聞社の名もあったので、ある種の「宣伝記事」 ということかもしれません。 この記事の総タイトルは「相国寺と絵師」... 続きをみる
筆者が常の生息地としている「名古屋市熱田区」の地で有名な場所と言えば 「熱田神宮」を挙げる人も少なくありません。 なにせ、この国の始まりの始まりである「天孫降臨」の際にアマテラス(天照大神)が 孫のニニギ(瓊瓊杵尊、邇邇芸命)に授けた三種類の宝物、いわゆる「三種の神器」の 一つである「草薙剣」(天... 続きをみる
現在の「令和」とか、さらにその前の「平成」や「昭和」など、年を示すのに用いる 名前を「元号」(げんごう)と称しています。 他にも、「和暦」(われき)とか「年号」(ねんごう)との言い方もあるようですが、 では、最初の「元号」はいつ始まったものでしょうか? この事件が起こったことが、そのキッカケだと説... 続きをみる
先日昼メシに入ったお店の屋号が誘い水となって、今回の話題をなんと 「三八式歩兵銃」にした次第です。 臨機応変というべきか行き当たりばったりというべきか、そのへんのところはよく わからないのですが、まあ毎度のことでもありますので各位様におかれましては 今回も気持ちを強く持ってください。 さて、その「... 続きをみる
江戸幕府第15代将軍・徳川慶喜が政権返上を明治天皇へ奏上し勅許された、いわゆる 「大政奉還」がなされたのは1867年のことでした。 歴史区分の説明なら「江戸時代が終わって明治時代が始まった」という表現になる のでしょうか。 「太平の眠り」の中で「黒船来航」(1853年)に遭遇した後の江戸幕府はこれ... 続きをみる
「赤いキツネと緑のたぬき」との名称を持つ和風カップ麺商品があります。 製造販売元は「東洋水産」で、正式名称は頭にブランド名「丸ちゃん」を冠した、 「マルちゃん 赤いきつねうどん」、「マルちゃん 緑のたぬき天そば」となるとの ことです。 普段はあまり思い出すこともない、この「赤いきつねと緑のたぬき」... 続きをみる
あまり楽しい話題ではないので、好みに合わないと感じた場合は、迷わず ちゃっちゃとスルーしちゃってください。 かく申す筆者自身もまた、そうした箇所ははハナからスルーすることにしています から、気兼ねはとんと無用に願います。 さて、今回取り上げる話題は「極刑」ということで、こんな説明になっています。 ... 続きをみる
これまでまったく無頓着だったのですが、ひょんなことから「戦国時代の三大梟雄」 なんて見方があることを知りました。 でもなんですか? その聞き慣れない「梟雄」(きょうゆう)って? 文字通りに「梟」(ふくろう)の「雄」(オス)のことかと思いきや、実はこんな 説明になっていました。 ~残忍で強く荒々しい... 続きをみる
日本史的にはあまり有名ではなさそうですが、江戸期にこんな人物が登場しています。 志摩国・鳥羽藩の第二代藩主・内藤忠政(1615-1673年)。 子供たち数多く儲けたようで、諸情報を整理してみるとこのくらいになっています。 〇長男・忠次(1645-1704年) 後に病気により廃嫡。 〇次男・忠勝(1... 続きをみる
鎌倉幕府初代将軍・源頼朝(1147-1199年)が開催した富士の巻狩り(1193年)の際に、 工藤祐経(1147?1154?-1193年)を父親の仇として討ったのは、曾我十郎・五郎の 兄弟でした。 「ちなみに」を補足をするなら、そこで催された「巻狩り」とはこんなことでした。 ~鹿や猪などが生息する... 続きをみる
ネットであちらこちらを徘徊していたところ、たまたまのこと、いわゆる 「三種の神器」についての案内に出くわしました。 ~天皇の践祚に際し、この神器のうち、八尺瓊勾玉ならびに鏡と剣の形代を所持する ことが皇室の正統たる帝の証しであるとされ、皇位継承と同時に継承される~ この「践祚」(せんそ)という言... 続きをみる
合戦頻発という乱世の最中ということもあって、こんな身体つきになっていたようです。 ~片目の上に、顔には多数のキズ痕、片足や手指も創傷によって欠損していた~ 度重なる参戦による「名誉の負傷」ということでしょうが、ちょっとばかり迫力を 感じさせる容姿・風貌です。 その持ち主は、名を本多重次(通称・作左... 続きをみる
昔々の大和民族は太陽を特別な存在として崇め、なおかつそれに対する篤い信仰心を 備えていたように、筆者は考えています。 なぜなら「天照大神」、分かりやすい言葉なら「天空を照らす」太陽を最高の神と して位置付けているからです。 その太陽は、よほど特殊な事情がない限り東から上って西へ沈みます。 そして、... 続きをみる
~沖の暗いのに白帆が見ゆる、あれは紀ノ国ミカン船~ このとき「舅の高松河内から大金を借りてミカンを買い集め、家に残ったぼろい大船を 直し、荒くれの船乗り達を説得し命懸けで嵐の太平洋に船出した」とされる 紀伊国屋文左衛門の様子はこう唄われました。 では、なんでまたそんな「命懸けの船出」を? そこには... 続きをみる
さて、お遊び半分のクイズです。 活動時期には前後100年ほどの開きがある方々ですが、以下の四人には、 共通点があります。 ではそれはなに? 〇山上憶良(660?-733年?)貴族・歌人 〇吉備真備 (695-775年)右大臣・公卿・学者 〇最澄 (766?-822年)天台宗開祖/伝教大師 ... 続きをみる
何年も前のことですが、とある年配者との間でこんな言葉が話題になったことが ありました。 ~武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり~ そして、その時の筆者がこんな感想を漏らしたのを、なにがキッカケだったか、 最近ひょいと思い出したのです。 ~武士って、こりゃまた凄い覚悟を持って毎日を過ごしていたようですね... 続きをみる
最近はあまり見かけない風景になっていますが、かつては願い事を叶えるための 「御百度参り」をする人も少なくありませんでした。 ところが、現代では逆に、こんなお問い合わせが出ることもありそうです。 その「御百度参り」って、いったいなんのことですか? そこは気の効く筆者ですから、先回りして調べておきまし... 続きをみる
つい最近のことですか、美術に(も)疎い筆者はこんな恥っかきをしてしまいました。 たまたま数人で雑談していた折のこと、なにがキッッカだったのか、ともかく話題が 「風神雷神」に及んだのです。 ええ、その時にお互いが揃ってイメージしたのは、いわゆる「風神雷神図」と呼ばれる 絵に描かれた姿でした。 ええ、... 続きをみる
メタボ系との噂が囁かれている(らしい)筆者の発言としては、まことにおこがましい ものがありますが、現代日本人がすっかり失念していることの一つに、 「食べる物がなんにも無いッ!」という環境を挙げてもいいように思います。 いささか品薄傾向に陥ることはあるにせよ、それでもスーパーの食料品の棚が スッカ... 続きをみる
たまたま数人が集まった折のこと、その中の一人からこんな質問が。 ~ウィキペディア(Wikipedia)を日本語で言うと、どうなるんきゃあ?~ オジンギャグ好きな一人が咄嗟にこう返しました。 ~もんなもん、シンプルに「浮きペデ屋」でええんでにゃあの~ 双方が尾張言葉だったのはモチのロンです。 する... 続きをみる
真夏日当日のことでしたが、何気にTVを見ていたら、筆者には聞き慣れないこんな 言葉が耳に入ってきました。 「クールシェアスポット」・・・ 筆者がピンと来ていないことを察知したものか、TV側も補足説明のオマケです。 そのオマケを整理し直すと、 ~夏の暑さを忘れられるような、身近で涼しく(クール)過ご... 続きをみる
たとえば、何かしらの面倒に巻き込まれそうになったときなど、日本ではこんな 言葉が使われることも珍しくありません。 ~三十六計逃げるに如かず~ 自分の形勢が不利になりそうなときは、あれやこれやの思案を巡らすよりは、 そうした局面からさっさと逃げてしまうのが得策であるといったいみです。 では、その「三... 続きをみる
戦国三英傑の一人である徳川家康(1543-1616年)を描いた一枚の絵。 杓子定規風には『徳川家康三方ヶ原戦役画像』、また愛称風には『顰(しかみ)像』 とも呼ばれている、まあ割合に良く知られたといってもよさそうな肖像画が、 実は筆者の生息地・名古屋の「徳川美術館」に所蔵されています。 ちなみに、そ... 続きをみる
ひょっこりのお誘いがあって、国史跡「斎宮跡」の見学旅行に参加してきました。 参加者数は20人チョイ弱で、行き先は筆者の生息地・愛知県のお隣である三重県、 さらに詳しくなら、多気郡明和町になるとのことです。 それはいいとしても、何ですか? そもそも、その「斎宮跡」って? 準備不足のままの参加でしたか... 続きをみる
筆者はとんと知らなかったことですが、英語には「3R's」(スリーアールズ)という 用語・概念があるそうです。 でもなんですかぁその「3R's」って? ひょっとして、近年大きな関心を集めている「3R」、つまり、 /recycle(リサイクル)再資源化/reuse(リユース)再利用/... 続きをみる
日本史には「江戸時代の三代改革」とされる出来事があります。 ~幕藩体制の動揺という事態に対応して、18世紀以降に質素・倹約を基本にして 財政再建・農村維持・商業資本掌握などに取り組んだ幕政の改革~ 大雑把ならこのくらいの説明になりそうです。 しかし折角ですから今回多少の補足をまじえながら、その「... 続きをみる
多分ちょっとしたシャレのつもりだったのでしょうが、顔見知りのオジサンが こんなセリフを吐きました。 ~拙者の趣味は御朱印、そして生い立ちは内を隠そう、ご落胤なのだ~ 御朱印と御落胤ってかぁ。 発音が少し似ているというだけのその対比には、とてもじゃないがセンスが 感じられなくて、あぁつまらん。 し... 続きをみる
日頃は何気に使っている言葉にも、いざその意味合いを定義せよ説明せよとなると、 ちょっと答えに詰まってしまうことも少なからずあります。 自分なりにはその概念はしっかり把握しているつもりなのに、言葉としては巧く 表せないということです。 筆者の場合なら、たとえば「高級ブランド」などの「ブランド」がそう... 続きをみる
筆者が生息する地域には「熱田神宮」があります。 ええ、このように説明されることが多い由緒ある神社です。 ~三種の神器の1つである草薙剣(天叢雲剣)を祀る神社として知られる~ そして、その歴史について言えば、実はつい10年ほど前の2013年に、なんと節目に 当たる「創祀千九百年大祭」を行っています。... 続きをみる
実質的に天下の雄となった織田信長(1534-1582年)が家臣・明智光秀(1528-1582年) による謀反「本能寺の変」(1582年)であっけなく倒れたことで、その後の情勢は 信長の家臣であった羽柴秀吉(豊臣/1537-1598年)と、信長とは同盟者の立場に あった徳川家康(1543-1616年... 続きをみる
何物についても「日本三大◯◯」という表現はあるようで、例えば先日はなどは 「日本三大灯籠」なんてものにぶつかって、かなりマニアックな「三大」が あるものだと、ある意味感心したものです。 お話のついでに、その「三大灯籠」についてもちょっと触れておくと、それは こんな案内になっていました。 〇南禅... 続きをみる
数年前のことですが、生前に譲位された天皇が「上皇」となられた際にメディアは こんな案内をしました。 ~天皇が生前退位するのは約200年ぶりのこと~ そうかもしれんなぁ。 現上皇の先代である第124代・昭和天皇(1901-1989年)も、またその先代の 第123代・大正天皇(1879-1926年)... 続きをみる
「和」を説き、さらには「仏教」を保護したという事跡を承知しているせいか、 少なからずの人が、「聖徳太子」(574-622年)の人柄には、平和で穏やかという イメージを持っています。 しかし反面で、政治家としての太子が厳しい「軍事的決断」を迫られる場面に遭遇した ことも、当然のことながら事実です。 ... 続きをみる
この国では長い間、天皇が至高の存在とされてきました。 現代日本人の意識はともかくとして、民族の歴史的な信仰心という点ではそのように 表現しても構わないのでしょう。 なぜなら、その信仰心は~天皇とは天から降臨された天照大神の御子孫である~と しているからです しかも、この国の始まりに際して、その天照... 続きをみる
戦国群雄の世を最終的に把握した徳川家康(1543-1616年)には高齢になってから 儲けた三人の男子がありました。 長幼の順にこうなります。 〇九男・義直(1601-1650年)/尾張名古屋藩の初代藩主。 〇十男・頼宣(1602-1671年)/紀伊和歌山藩の初代藩主。 〇十一男・頼房(1603... 続きをみる
世界的にはほとんどが「丸い形」をしている金貨ですが、大判・小判と呼ばれる 日本の金貨はなぜか「楕円形」をしています。 もっとも正確に「真・楕円形」なのか言えば、実はそうでもありません。 これは精密な計測をしなくても一目瞭然で判断できるところです。 では表現を変えて、長方形の両短辺に円弧をくっつけた... 続きをみる
昨今の日本の漁業環境には大きな変化が見られるそうで、その原因のひとつに 考えられているのが“海の温暖化”のことです。 たとえば過去30年を比較した場合、なんでも海水温が2~4℃ほども高い海域がグンと 増えて、しかもこうした傾向がここ5年ほど続いているとされています。 そのた... 続きをみる
戦国の世では、いざ戦さともなれば普段は農作業に従事している農民たちが 「徴収兵士」として駆り出されました。 「専業兵士」という存在がまだない時代ということもあって、これは領国を維持・ 保全するためには止むを得ない方法でした。 しかしその場合には、いささかの不都合もありました。 それは一年365日い... 続きをみる
長さを示す一対の言葉として最初に思い浮かべるのは、やはり「長/短」になります。 ところがこれには例外もあるようで、たとえば衣料系などは「長/半」になることが あります。 たとえば、シャツの「長袖/半袖」がそうですし、最近はあまり使われなくなった 言葉とはいえ、「長ズボン/半ズボン」もそうなっていま... 続きをみる
いわゆる「天孫降臨」は、一般的にはこのくらいに説明されるようです。 ~皇室の御先祖が高天原から天降り、この国を豊かにそして平和に治められていく 様子を語り伝えるもの~ そしてこの際に天照大神から弟の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト/以下ニニギ)に 授けられたとされるのが「三種神器」です。 その「三種神器... 続きをみる
いまさらの感がありますが、いくつかのTV時代劇を観て、ひょいと気が付きました。 ~戦国時代と江戸時代の武士の座り方には違いがあるゾ~ もっともソファーに腰を下ろすシーンはあまり見かけませんから、つまりは 正座(せいざ)と胡坐(あぐら)のことになります。 「正座」というからには、これが日本人のその昔... 続きをみる
自らが創業して以来、長きにわたってワンマン体制で臨んできた初代社長は、 二代目以降の後継社長について、こんな腹積りを持っていたようです。 ~弱肉強食の時代も終わってのだから、ワシのようなワンマン経営はもう必要が なくなった。 だからして、次代以降の社長たちは経営実務を重役連中の合議に任せ、そ... 続きをみる
世界の中でも、これほど「太陽/お日サマ」にこだわりを持つ民族はそうそういない のではないでしょうか。 えぇ、この列島に棲んでいる、いわゆる「日本民族」のことです。 まず、その国の名前からしてが、「日本」(日の本)にしているという厳然たる事実が あります。 そして、この「日」ってのは、まさにその「太... 続きをみる
つい最近のこと、思いがけない出来事が重なる経験をしました。 「重なる」という以上は、複数の出来事がほぼ同時に起きなくてはなりません。 筆者の場合だと、その一つ目がまずDVD映画で、二つ目がWikipediaでした。 普段はまずしないことなのですが、身の回りの片付け物に精を出したのです。 すると、数... 続きをみる