災難編24/前をまくれば一目でわかる!
現代の常識基準にてらせば今回のお話の内容はいささか問題あり、になるのかも しれません。 その判断は筆者には手に余るものですので、これより先の文章にもお付き合い くださる場合はトコトンまで自己責任ということでお願いしておく次第です。 お話の対象は基本的に「オトナ」の方に限定しています。 ですから、お... 続きをみる
日本の常識は世界の非常識?この国が体験してきたユニークな歴史《日本史》の不思議をヤジ馬しよう!
現代の常識基準にてらせば今回のお話の内容はいささか問題あり、になるのかも しれません。 その判断は筆者には手に余るものですので、これより先の文章にもお付き合い くださる場合はトコトンまで自己責任ということでお願いしておく次第です。 お話の対象は基本的に「オトナ」の方に限定しています。 ですから、お... 続きをみる
日本語としてはいささか特殊に感じられる音韻を持つ言葉があります。 例えば「ひょっとこ」、あるいは「こんぱる」などがそれで、その発音は 割合に漢字に馴染みにくい印象になっています。 他にも「きんぴら/こんぴら」なんかもその部類に数えていいのかもしれません。 しかし探ってみれば、それらそれぞれが立派な... 続きをみる
後に日本最初期の職業写真師のひとりとして名を挙げられることになる上野彦馬が 生まれたのが1838年のこと。 奇しくもその翌年(1939年)に、写真技術(銀板写真/ダゲレオタイプ)が 発明されています。 そして、早くも1840年代には欧米で一種の「肖像写真」ブームが見られたそうですから、 人間の... 続きをみる
長さを示す一対の言葉として最初に思い浮かべるのは、やはり「長/短」になります。 ところがこれには例外もあるようで、たとえば衣料系などは「長/半」になることが あります。 たとえば、シャツの「長袖/半袖」がそうですし、最近はあまり使われなくなった 言葉とはいえ、「長ズボン/半ズボン」もそうなっていま... 続きをみる
大昔の話になりますが、東映時代劇映画「関の弥太っぺ」とか、あるいは、 異色のTV時代劇「木枯らし紋次郎」などが大きな人気を博したことがありました。 いわゆる「渡世人」と呼ばれた方々です。 しかし、現代人のほとんどは、この言葉くらいは聞いたことがあるにせよ、 「渡世人」といわれる人々の日常の生態?と... 続きをみる
~治部少(石田三成)に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城~ これを戦国時代の日本の武将である石田三成(1560-1600年)に対する評価だと 受け止めると、こんな印象にもります。 ~参謀役の島左近(生年不詳-1600年)と領地の佐和山城は、石田三成という人物には ちょっとばかりもったい... 続きをみる
異国の宗教である「キリスト教」が初めて日本に伝わったのは戦国時代のことと されています。 ~1549年にカトリック教会の修道会であるイエズス会のフランシスコ・ザビエルに よる布教~ これが最初だとされ、教科書などもこの内容をもって定説としているようです。 これを逆に言うなら、こうなります。 ~(公... 続きをみる
超昔々のことですが、TV番組で「スーパーマン」を演じていた俳優ジョージ・ リーヴス(1914-1959年)が、ある日のこと、自殺か他殺か不明な“射殺死体”で 発見されるという事件がありました。 ~不死身のスーパーマンも死ぬのかよ~なんて冗談も囁かれたほどに、 当時の日本では... 続きをみる
歴史と呼ぶほどには古い時代の出来事ではありませんが、今からちょうど二十年ほど前 (2003年)にこんな事件があったことをご記憶でしょうか。 宮家の「御落胤」が結婚披露宴を開催したのです。 普通なら、それはそれでおめでたいことなのですが、この場合にはそうとは言えません でした。 なぜなら、その実態は... 続きをみる
今回のお話は少し性が絡んだ話題になっていますので、年端もいかぬ皆サンの閲覧に ついては、保護者各位においての管理監督をお願いしておきます。 では何歳以上なら自由なのか、という御相談もあるかもしれませんが、正直そこまで 粘らなければならないほど濃い内容でもありませんのでご安心ください。 と一応の御断... 続きをみる
いまさらの感がありますが、いくつかのTV時代劇を観て、ひょいと気が付きました。 ~戦国時代と江戸時代の武士の座り方には違いがあるゾ~ もっともソファーに腰を下ろすシーンはあまり見かけませんから、つまりは 正座(せいざ)と胡坐(あぐら)のことになります。 「正座」というからには、これが日本人のその昔... 続きをみる
方向方角を示す場合、一般的には「東西南北」を基準にするようです。 まあ、少なくともチョイ前まではそうだった気がします。 ところが、話は多少逸れますが、筆者なぞは実際にこんな光景を目撃したことが ありましたから、最近ではそうでもないのかもしれません。 それは、どうやら待ち合わせの場所に一足早く到着し... 続きをみる
これまでまったく無頓着だったのですが、ひょんなことから「戦国時代の三大梟雄」 なんて見方があることを知りました。 でもなんですか? その聞き慣れない「梟雄」(きょうゆう)って? 文字通りに「梟」(ふくろう)の「雄」(オス)のことかと思いきや、実はこんな 説明になっていました。 ~残忍で強く荒々しい... 続きをみる
ひょんなことから、町内長老の思い出話を聞く羽目になって・・・そのひとつがこれ。 長老ご自身の記憶によれば、なんでも1984年(昭和59年)頃のことらしいのですが、 こんな本が出版され、随分と評判になったとのことです。 つまり、今から数えれば40年ほど以前の超昔々の出来事になります。 その本とは、尾... 続きをみる
筆者は読んだことがありませんが、「新約聖書」にはこんなエピソードが 記されているそうです。 イエスが弟子たちと共にエルサレム神殿を訪れた際の出来事です。 ~神殿の境内が商人たちの商売の場と化していたことに憤り、イエスは、 /両替人の台をひっくり返す/鳩を売る商人たちを追い出す/売買をしていた ... 続きをみる
つい最近のことですか、美術に(も)疎い筆者はこんな恥っかきをしてしまいました。 たまたま数人で雑談していた折のこと、なにがキッッカだったのか、ともかく話題が 「風神雷神」に及んだのです。 ええ、その時にお互いが揃ってイメージしたのは、いわゆる「風神雷神図」と呼ばれる 絵に描かれた姿でした。 ええ、... 続きをみる
「和」を説き、さらには「仏教」を保護したという事跡を承知しているせいか、 少なからずの人が、「聖徳太子」(574-622年)の人柄には、平和で穏やかという イメージを持っています。 しかし反面で、政治家としての太子が厳しい「軍事的決断」を迫られる場面に遭遇した ことも、当然のことながら事実です。 ... 続きをみる
~天皇(という存在)は神の子孫である~ 日本では一応このようにされてはいるものの、そもそも神の存在自体を科学に証明する のは困難ですから、同様にその子孫の存在についての証明も無理なことです。 そこで、「日本民族はこうした信仰心を持っている」、まあこの程度の受け止めの 方が無難なのかもしれません。 ... 続きをみる
播磨国赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(1667-1701年)が、江戸城松之大廊下において、 高家旗本(高家肝入)・吉良上野介吉央(1641-1703年)に斬りかかるという 由々しき事件を引き起こしたのは元禄14年3月14日(1701年4月21日)のことでした。 当日の江戸城が朝廷使者の接待準備を進める大... 続きをみる
先日昼メシに入ったお店の屋号が誘い水となって、今回の話題をなんと 「三八式歩兵銃」にした次第です。 臨機応変というべきか行き当たりばったりというべきか、そのへんのところはよく わからないのですが、まあ毎度のことでもありますので各位様におかれましては 今回も気持ちを強く持ってください。 さて、その「... 続きをみる
七世紀半ばから八世紀末に至る間に在位した歴代天皇の方々に、その代数順に 並んでいただくと以下のようになります。(数字は代数/女性天皇は女帝と表記) ~38・天智-39・弘文-40・天武-41・持統女帝-42・文武-43・元明女帝- 44・元正女帝-45・聖武-46・孝謙女帝-47・淳仁-48・称... 続きをみる
三世紀の中国大陸は魏(ぎ)・呉(ご)・蜀〈しょく〉の三つの王朝が並び立つ、 いわゆる「三国時代」(184-280年)にありました。 そうした中でのこんな会話も聞かれたのです。 魏人A 「おいおい、この先の東の海の、その果てに浮かぶ小島のことを知ってるか?」 魏人B 「詳しくは知らんが、なんでも倭人... 続きをみる
「ハビアン」という名前の日本人をご存知でしょうか? あまりにキラキラネーム過ぎる印象で、ちょっと怪しい雰囲気がしないではありません。 そこで、ちょい調べることにしてみたのです。 すると、こんな説明になっています。 ~ハビアン(1565-1621年)。 本名不詳。 禅僧を経てイエズス会の門をたたき... 続きをみる
半世紀(1787-1837年)もの長期にわたって征夷大将軍を勤め続けたことでも よく知られているのが、江戸幕府第11代将軍・徳川家斉(1773-1841年)です。 もっとも、この方はこの他のことでも割合賑やかな話題を提供しているのですが。 たとえば、 〇精力増強のためオットセイの陰茎を粉末にした... 続きをみる
実際にはそれなり定義もあることでしょうから、以降に名を挙げる方々を一律に 「開祖たち」と呼んでいいのかどうかは判断しかねます。 しかし、「ある宗教の教えを最初に説いた人」という意味でなら、少なくとも そうした雰囲気の中にあったことは間違いないでしょう。 さて、今回取り上げる「ある宗教」とは、なにか... 続きをみる
江戸時代後期の天保年間(1830-1844年)ともなると、江戸幕府の体制には大きな 歪みが生じていました。 たとえば、年来の大飢饉のなかで大坂市中に餓死人が続出したのも、その一例で、 それを見かねた元大坂町奉行与力の大塩平八郎(1793-1837年)が当局に救済策を 上申したものの、拒否されたため... 続きをみる
「しきりに多くの悪行をなさって・・・」との、あまり芳しからぬ評判が伝わる 第25代・武烈天皇とその皇后である春日娘子の夫妻は、ともに「生没年不詳」と されており、早い話が活動された正確な時期までは分かっていません。 また、この天皇皇后の夫妻には子女がないこと、さらには、皇后の父母共に その出自が未... 続きをみる
かなり大昔のこと、それは歴史と言うよりはむしろ伝説の範疇のものと捉えた方が 素直な気がしますが、第12代・景行天皇は最初の妃との間に、長男・大碓命、 次男・小碓命という名の双子の兄弟を儲けています。 ちなみに、景行天皇はかなりの「女好き」だったようで、この「最初の妃」以外にも 数多の妃を持ち、それ... 続きをみる
現代ではとんと見られることがなくなった「天然痘」も、実は明治時代に入るまでの 日本ではかなり猛威をふるっており、その凄まじい病状自体がまた「恐怖の対象」に なっていました。 「とんと見られることがなくなった」わけですから「天然痘」と聞いてもピンと こない御仁もおられましょう。 何を隠そう筆者もその... 続きをみる
図書館でひょいと手に取った本の、そしてたまたま目にしたページに こんな文章があって、ついうっかり「衝動借り」してしまいました。 ~ご存知の通り、私は他の作家諸氏が取り扱わない役目を題材にした物語を 得意にしている。 屋右筆、勘定吟味役、御広敷用人、お髷番こと小納戸月代御髪係、表御番医師、 闕... 続きをみる
江戸幕府第二代将軍である父・秀忠(1579-1632年)とともに上洛(1623年)した 徳川家光(1604-1651年)は、朝廷より,将軍宣下を受けました。 第三代将軍の誕生です。 そして二年後、大御所だった秀忠が死去した際には再びの上洛を果たしました。 その大きな目的のひとつに、江戸幕府の権威... 続きをみる
この国では長い間、天皇が至高の存在とされてきました。 現代日本人の意識はともかくとして、民族の歴史的な信仰心という点ではそのように 表現しても構わないのでしょう。 なぜなら、その信仰心は~天皇とは天から降臨された天照大神の御子孫である~と しているからです しかも、この国の始まりに際して、その天照... 続きをみる
戦国群雄の世を最終的に把握した徳川家康(1543-1616年)には高齢になってから 儲けた三人の男子がありました。 長幼の順にこうなります。 〇九男・義直(1601-1650年)/尾張名古屋藩の初代藩主。 〇十男・頼宣(1602-1671年)/紀伊和歌山藩の初代藩主。 〇十一男・頼房(1603... 続きをみる
~武士Aが従弟であり同僚の武士Bの妻Cに横恋慕し、その挙句に殺人を犯した~ 現代なら、さほどに珍しいとも思われないお話ですが、「武士」が登場している のですから、お話は昔の昔のことに違いありません。 その辺にいささかの興味を覚え、今回ちょっと首を突っ込んでみることにしたものです。 さて、武士とは紹... 続きをみる
江戸幕府の第三代将軍となった徳川家光(1604-1651年)の政治姿勢を眺めると、 少なからず「上から目線」であることに気が付きます。 家光の祖父である初代将軍・家康(1543-1616年)も、また父である二代将軍・ 秀忠(1579-1632年)も、かつては諸大名らと共に戦地を駆け巡った経験を持... 続きをみる
年代を言い表す方法として現代日本でよく用いられているのは、世界標準に なっている感もある「西暦」と、それにもうひとつ、日本独自の元号を用いる 「和暦」の二種類ということになるのでしょう。 でも、「西暦」と「和暦」って言葉、ヘンチクリンな対比になっていますねぇ。 西洋に対して東洋ということなら、西洋... 続きをみる
~主に主に帝王・相国(国家元首)などの貴人の死後に奉る、生前の事績への 評価に基づく名のこと~ このように面倒臭く説明されている「諡号」(しごう)とは、別の言葉なら 「諡」(おくりな)ともいい、「贈り名」を意味するとあります。 たとえば、最高格の貴人といってよい天皇は、死後に「〇〇天皇」という呼... 続きをみる
~うけい(うけひ)は、古代日本で行われた占いである~ 聞きなれない文言が入った文章にぶつかったので、少し追ってみることにしました。 自慢ではありませんが、ヒマがあってこそできる業です。 それはさておき、その姤にはこんな説明が続いています。 ~宇気比、誓約、祈、誓などと書く~ なるほど、表記の方法も... 続きをみる
明治時代に入る以前のこと、熱田神宮の東方には「精進川」が南北に流れていました。 明治初期頃のその姿は、このように記録(1879年/明治12)されています。 ~精進川 村(3村合併の常盤村)ノ西方ニアリ 常水二尺(水深約60cm) 幅二間半(約406m) 緩流ニシテ清且淡ナリ 舟楫通セス堤防ナシ... 続きをみる
ひょんなことから、いわゆる「子孫」に対する呼び方を探ってみることになりました。 「自分自身」を基準の「0世代」として眺めた場合、1世代下るごとにそれぞれが どんな呼び方になるかということです。 1世代目=子/2世代目=孫/3世代目=曽孫/4世代目=玄孫(げんそん やしゃご)、 多分ここらあたりまで... 続きをみる
筆者のお散歩コースのひとつに熱田神宮があります。 鬱蒼とした杜になった境内を散策するものですが、実はこの場所は歴史あるいは 伝承などの宝庫でもあるのです。 そんな中から、今回は「信長塀」取り上げることにしてみました。 その名称にある「信長」とは、もちろん戦国時代の大英傑であり、かつまた 地元出身者... 続きをみる
合戦頻発という乱世の最中ということもあって、こんな身体つきになっていたようです。 ~片目の上に、顔には多数のキズ痕、片足や手指も創傷によって欠損していた~ 度重なる参戦による「名誉の負傷」ということでしょうが、ちょっとばかり迫力を 感じさせる容姿・風貌です。 その持ち主は、名を本多重次(通称・作左... 続きをみる
日本史には「江戸時代の三代改革」とされる出来事があります。 ~幕藩体制の動揺という事態に対応して、18世紀以降に質素・倹約を基本にして 財政再建・農村維持・商業資本掌握などに取り組んだ幕政の改革~ 大雑把ならこのくらいの説明になりそうです。 しかし折角ですから今回多少の補足をまじえながら、その「... 続きをみる
多分ちょっとしたシャレのつもりだったのでしょうが、顔見知りのオジサンが こんなセリフを吐きました。 ~拙者の趣味は御朱印、そして生い立ちは内を隠そう、ご落胤なのだ~ 御朱印と御落胤ってかぁ。 発音が少し似ているというだけのその対比には、とてもじゃないがセンスが 感じられなくて、あぁつまらん。 し... 続きをみる
昨今の日本の漁業環境には大きな変化が見られるそうで、その原因のひとつに 考えられているのが“海の温暖化”のことです。 たとえば過去30年を比較した場合、なんでも海水温が2~4℃ほども高い海域がグンと 増えて、しかもこうした傾向がここ5年ほど続いているとされています。 そのた... 続きをみる
つい最近のこと、思いがけない出来事が重なる経験をしました。 「重なる」という以上は、複数の出来事がほぼ同時に起きなくてはなりません。 筆者の場合だと、その一つ目がまずDVD映画で、二つ目がWikipediaでした。 普段はまずしないことなのですが、身の回りの片付け物に精を出したのです。 すると、数... 続きをみる
最近はあまり耳にする機会がありませんでしたが、ぼんやりTVニュースを眺めて いた時についつい思い出した言葉があります。 「あぶくぜに」・・・漢字なら「泡銭」と書きます。 そして、その意味は、 ~働かずに、または正当な労働によらないで、あるいは不正な手段によって得た金銭~ 勘の良い方は既にお察しかも... 続きをみる
ネットを彷徨していて、ひょっこりこんな文章に遭遇しました。 ~漢字が伝来する以前の日本には固有の文字がありませんでした。 そのため人々は神話や伝承などを暗記して口頭で語り継いでいました~ へえ、それが通説になっているのか。 ところが筆者はそのようには考えず、こう受け止めているのです。 ~漢字が伝... 続きをみる
久しぶりのことでしたが、町内長老のご尊顔を拝する機会がありました。 お達者でなによりでしたが、不意打ち気味にこんな挨拶が降ってきたのです。 ~昨日のTVニュース見たかい?~ いきなりTVニュースに話を振られても、世間並みの話題しか筆者の頭には思い浮かび ません。 そこで遠慮がちに逆質問を。 ~昨日... 続きをみる
たまたま遭遇した郵便局(日本郵便株式会社)のHPに「日本の郵便の始まり」と タイトルされた記事があったので、ついでのことに読んでみました。 ~明治4(1871)年3月1日(新暦4月20日)、東京・大阪間で官営の郵便事業 (制度)が開始された日をもって、日本の郵便の始まりとされています。 「郵便... 続きをみる
つい最近、具体的な日付なら現地時間で本年2023年5月6日(土)になりますが、 イギリスでにおいて王チャールズ三世(1948年生)の戴冠式が行われました。 これが先代エリザベス二世(1926-2022年)から数えて、なんと70年ぶりの戴冠式 だったそうですから、それを見守る側の視線にも熱いものがあ... 続きをみる
ひょんなことから戦国合戦にまつわるエピソードを一つ思い出しました。 ただ全体として、非常に面白おかしいお話になっているので、どこまでが史実 なのかについては筆者には判断が付きません。 「本能寺の変」(1582年)によって織田信長(1534-1582年)が倒れたその後の出来事。 それが信長家臣の羽柴... 続きをみる
たまたまのこと遭遇したこんな文章に、ちょっとした違和感を覚えました。 ~神道を国教とする方針を掲げた明治政府は、修験道廃止令(1872年)を発布し、 その実践や信仰を禁止した~ 宗教オンチが定評の筆者は、「深山に神宿る」ほどのイメージから、なんとなく 「修験道は神道傍系の信仰」という思いを抱いて... 続きをみる
「人口頭脳」とか「人工知能」とかいう言葉は、その方面の知識にメッチャ疎い 筆者でさえ少なからず耳にしているくらいですから、それほど特殊な用語という わけでもないようです。 もっとも、その概念については、筆者レベルではボンヤリのままですが。 そこで、コトのついでにこの際その正しい意味合いもちょいと確... 続きをみる
ネットを徘徊中にヒョイと目に留まったのが「ブラック企業」という言葉の説明でした。 その言葉自体を知らないわけではありませんが、正直あまり関心を持ったことは ありません。 そこで、「折角の機会」ということもあって、ちょいと立ち寄ることにしてみました。 すると、のっけからこんな説明です。 ~労働者を酷... 続きをみる
その日、家族から「ぼっち」のお留守番を申し渡されたのですが、なにぶんにも 手持無沙ですからTVを観ることに。 しかし、これがまた感心するほどにつまらなく作られていて、ほどなくギブアップ。 そこで、たまたまネットを眺めてみたところ、目を引いたのが東京大学による 「前近代日本史時代区分表」でした。 え... 続きをみる
旧ナントカ協会とか某カントカ証人とか、昨今日本では宗教・信仰がらみの話題が よく取り上げられています。 ただ、その内容があまり芳しいものではないのは、まことに残念なことですが。 しかしながら、宗教や信仰に対する解釈には微妙で繊細な一面があるのも事実の ようです。 たとえば、「唯一絶対神」の世界でも... 続きをみる
「本能寺の変」(1582年)が起きる二年ほど前のこと、主君・織田信長(1534-1582年) から突如19ケ条にわたる折檻状を突きつけられて織田家を離れたという、いささか 気の毒にも感じられるエピソードを持つ織田家筆頭家老・佐久間信盛(1529-1582年)。 その信盛の従弟に当たり、同じく織田家... 続きをみる
先日、年配の方(いわゆるオジサン)からこんな話を振られました。 ~「電話」という言葉を聞いても、今ではスマホが標準になった感があり、 そのオリジナルである、いわゆる「有線電話」を即座にイメージする人は とんと少なくなってしまった~ ある種の嘆きなのでしょうが、お話は続いて次には、 ~時計も同様... 続きをみる
現代人に「世界」というもののイメージを尋ねたら、多種多様な回答がある のでしょうが、その中には、地球儀とか世界地図などを思い描くと答える人も 少なからずいそうです。 なぜそう言えるかといえば、平均的日本人として定評のある筆者自身がその通り だからに他なりませぬ。 しかし、同じ問いを少し(随分?)昔... 続きをみる
ネット徘徊していた折に、下の一文にひょいと目が留まりました。 ~「日本アルプス」とは、そこから見える山脈及びその周辺含めて、本家アルプスに 似た風景を備えていたので、とあるイギリス人がこれを「日本のアルプス」と 紹介したのが、その名称の由来~ そんなこと、筆者は知らなんだゾ。 それで思い出した... 続きをみる
世界の中には、現代日本の現状から眺めてみると、奇妙なほど歪に感じられる国家も あります。 例えば専制政治の体制を取っている国家などがそれに該当しそうですが、筆者なぞは 少なくともその国家の国民になりたいとは思いません。 たとえ、なんだかんだの批判があったとしても、戦後日本は国家の在り方として、 国... 続きをみる
戦闘にメッチャ強かった、あるいは巧みな戦運びだったと評価される人物は歴史の 中に少なからず登場しています。 そうした人物を、少し探ってみると、共通して「常人を超えた能力」を備えていた ことが強調されていることに気が付きます。 しかし、これはある意味当然なことで、「平々凡々」の能力しか持っていない人... 続きをみる
ひょんなことから、鉄道のことが話題になりました。 「日本初は、いつ、どこだったか」ということです。 しかしまあ、江戸幕府の時代に開通していたとは思えませんから、普通に考えれば 「明治時代」ということになるでしょう。 そしてまたその場所も、おそらくは鉄道唱歌にも歌われているように 「新橋(東京)」だ... 続きをみる
尾張の虎とも呼ばれた織田信秀(1511-1552年)と、その嫡男でる信長(1534-1582年) の二代に仕えた平手政秀(1492-1553年)は、信秀が死ぬと後を追うように 自刃しています。 その理由については、 〇信秀亡き後の織田家の派閥争いが原因 〇後継者となった信長とは以前から反りが合わな... 続きをみる
明治時代以降次第に解禁されていったようですが、それまでの社寺や霊山などでは 「女人禁制」、つまり女性に対する入山禁止を原則としていました。 そこには、現代における「女性差別」とか「女性蔑視」とはいささか意味合いの 異なる「信仰上の理由」があったとされています。 そうしたところの見解をメッチャ簡単に... 続きをみる
いつもの通り、お話は古今東西いろいろに飛び散ることになりますが、 さてこんな説明にぶつかりました。 ~(革命とは、)被支配階級が時の支配階級を倒して政治権力を握り、 政治・経済・社会体制を根本的に変革すること。 また漢語の「革命」の語源は「天命が改まる」の意味で、王朝交代に使用された~ 同じ「... 続きをみる
筆者の生息地・尾張にはこんな言葉があります。 「尾張名古屋は城で持つ」 こんな意味合いだと説明されています。 ~江戸時代に流行した俗謡の一節で、名古屋城を自慢する言葉~ その名古屋城本丸は周りを堀で囲まれており、もう少し丁寧に眺めると、その堀の 外側の位置にニケ所の「金シャチ横丁」があることに気が... 続きをみる
「神も仏もない」 これは世の無情、たとえば、大きな不運や不幸に見舞われたりしたことを嘆くときに、 よく使われる言葉です。 要するに、 ~この世の中に、慈悲深い神サマや仏サマが確かに存在してくれているのなら、 これほどまでの不運・不幸に見舞われることはないはずだ~ こうした気持ちを言い表しています... 続きをみる
拙宅からトボトボ歩いて15分ほどの場所に「七里の渡し」(宮の渡し)跡があります。 さて「七里の渡し」とは、その昔の街道である東海道五十三次の第41番目の、 ここ「宮宿」から次の第42番目「桑名宿」までの概ね七里(28km)の距離を船で渡る、 東海道唯一の海路を指しており、その出発地」、あるいは逆コ... 続きをみる
なにげに手に取った本にこんな一節がありました。 ~特に宝暦四年(一七五四)、六角獄舎前で古医方の医師・山脇東洋たちが 行った国内初の人体解剖は、漢方医学の誤りを糺し、洋書の正しさを 証明した画期的事跡~ 澤田瞳子・短編「人待ちの冬」 ところが、うすらボンヤリながらもそれとは違った記憶もあって、... 続きをみる
筆者の生息地・熱田では、地元の熱田についてもっとよく知ろう、もっとよく 知って貰おうとの趣旨のイベントがこ数年続けて開催されています。 うっかりすると噛みそうなタイトルですが、「あったか!あつた魅力発見市」と 銘打っています。 もっとも、こうした地元の啓発・情報発信という高尚系の目的だけではなく... 続きをみる
日本人が一番好きな演劇は、最大公約数的になら「忠臣蔵」に落ち着くのかも しれません。 その源泉を辿ってみると、実際に起こったいわゆる「赤穂事件」(1701-1703年)を 題材にした芝居「仮名手本忠臣蔵」がメッチャの大人気を博したことに行き当たり そうです。 始まりは人形浄瑠璃の演目として登場しま... 続きをみる
用事があってふらっと自転車でお出かけしてみると、普段は通過するだけの商店街の雰囲気が いつもとはちょいと違っていました。 目立つ場所に「〇〇(商店街名)まつり」のポスターがあって、ついそれに 目が移ったのです。 「魔が差す」って、こういうことを言うのかもしれません。 そこには武士の時代を題材にした... 続きをみる
江戸幕府第三代将軍・徳川家光(1604-1651年)のエピソードには割合ユニークに 感じられるものも少なくありません。 たとえば、将軍職に就任した際に諸大名に発したこんな言葉。 ~余は生まれながらの将軍である~ 将軍になる人自体が非常に稀である上に、そこに「生まれながらの」が付くのですから、 「... 続きをみる
現在の「令和」とか、さらにその前の「平成」や「昭和」など、年を示すのに用いる 名前を「元号」(げんごう)と称しています。 他にも、「和暦」(われき)とか「年号」(ねんごう)との言い方もあるようですが、 では、最初の「元号」はいつ始まったものでしょうか? この事件が起こったことが、そのキッカケだと説... 続きをみる
あまり楽しい話題ではないので、好みに合わないと感じた場合は、迷わず ちゃっちゃとスルーしちゃってください。 かく申す筆者自身もまた、そうした箇所ははハナからスルーすることにしています から、気兼ねはとんと無用に願います。 さて、今回取り上げる話題は「極刑」ということで、こんな説明になっています。 ... 続きをみる
~沖の暗いのに白帆が見ゆる、あれは紀ノ国ミカン船~ このとき「舅の高松河内から大金を借りてミカンを買い集め、家に残ったぼろい大船を 直し、荒くれの船乗り達を説得し命懸けで嵐の太平洋に船出した」とされる 紀伊国屋文左衛門の様子はこう唄われました。 では、なんでまたそんな「命懸けの船出」を? そこには... 続きをみる
ひょっこりのお誘いがあって、国史跡「斎宮跡」の見学旅行に参加してきました。 参加者数は20人チョイ弱で、行き先は筆者の生息地・愛知県のお隣である三重県、 さらに詳しくなら、多気郡明和町になるとのことです。 それはいいとしても、何ですか? そもそも、その「斎宮跡」って? 準備不足のままの参加でしたか... 続きをみる
筆者が生息する地域には「熱田神宮」があります。 ええ、このように説明されることが多い由緒ある神社です。 ~三種の神器の1つである草薙剣(天叢雲剣)を祀る神社として知られる~ そして、その歴史について言えば、実はつい10年ほど前の2013年に、なんと節目に 当たる「創祀千九百年大祭」を行っています。... 続きをみる
数年前のことですが、生前に譲位された天皇が「上皇」となられた際にメディアは こんな案内をしました。 ~天皇が生前退位するのは約200年ぶりのこと~ そうかもしれんなぁ。 現上皇の先代である第124代・昭和天皇(1901-1989年)も、またその先代の 第123代・大正天皇(1879-1926年)... 続きをみる
~犯罪などで被疑者・被告人が犯行に関わっていないことを推認させる間接事実の 一つが「アリバイ」( alibi)で、「現場(げんじょう)不在証明」とも訳される~ これが、犯罪ドラマなどによく登場する「アリバイ」という言葉の意味です。 さらに詳しく迫るなら、 ~犯行が行われた際、被疑者がその場に存在... 続きをみる
国替(くにがえ)/所替(ところがえ)/転封(てんぽう)/移封(いほう)/ などなど、多彩な言い方があるようですが、要するにどれもが、 ~(主に)江戸時代、幕府が大名統制策として大名の領地を他に移し替えること~ を意味しています。 実際、史実としてもそうした「国替」は盛んに行われました。 しかし、そ... 続きをみる
~この日本に元の大軍が二度(文永の役1274年/弘安の役1281年)まで侵略を 仕掛けてきたが、いずれとも失敗に終わった~ 「元寇」あるいは「蒙古襲来」ともいうこの出来事に対して、日本人が持つ平均的な イメージはこのくらいのものかもしれません。 しかし、これを間違いとすることまではできないでしょ... 続きをみる
またまた今回も筆者の生息地・尾張熱田の話題になってしまいますが、決して悪意が あってのことではありませんので、そのへんはどうぞ良しなにご理解をお願いします。 さて、今回は江戸・日本橋から京・三条大橋に至る、いわゆる「東海道五十三次」に ついての話題を取り上げました。 出発地の江戸・日本橋を起点とし... 続きをみる
アメリカの女性作家ジーン・ウェブスター(1876-1916年)による児童文学に 「あしながおじさん」(Daddy-Long-Legs)という有名な作品があります。 大学進学のための資金を匿名の援助者から与えられることになった孤児院育ちの 少女を主人公とした物語です。 念のためですが、資金援助とは言... 続きをみる
神サマ仏サマ、つまり神道と仏教のその双方を有難く信心するスタイルは、いわゆる 「神仏習合」と呼ばれ、仏教伝来以来の日本民族の信仰は、ほとんどの期間そうした 形式で行われてきました。 つまり、神道の神サマも仏教の仏サマを区別することなく、信仰の対象となっている のですから、日本民族の信仰がいわゆる「... 続きをみる
今から二十年近く以前のことになりますが、とある日本語に注目が集まった出来事を ご記憶でしょうか? しかしまあ、何かと熱しやすくてそしてまた忘れっぽいというのが日本民族特有の 気性でもあるようですから、「もうすっかり記憶の彼方」という方も、おそらくは 少なくないことでしょう。 いえ、責めているわけで... 続きをみる
~日本固有の演劇である「歌舞伎」は、2009年にユネスコの無形文化遺産の 代表一覧表に記載された~ このような説明にぶつかると、その格式の高さに圧倒されてしまい、ついつい腰が 引けてしまうものです。 なにせ「神格化された伝統芸能」との説明ですからねえ。 ところがそのルーツをたどってみると、それ... 続きをみる
よく知られた史実でも、「その後」については無頓着のままでいることも案外に 少なくないようです。 筆者の場合なら、たとえば「奥州黄金」もそうしたことの一つなのかもしれません。 その「奥州黄金」とは、いわゆる「奥州藤原氏三(四)代」の時代(1087-1189年)に その地でメッチャ豊富に産出された金の... 続きをみる
偶然のことでしたが、かつて天皇の住む宮殿(皇居)において、未解決 (コールド・ケース)として扱われた殺人事件があったことを知りました。 非常に特殊な環境である宮中においてのコールド・ケース殺人事件というのですから、 少なからず関心が向いてしまいます。 残念なことですが、筆者自身は皇居に住んだ経験が... 続きをみる