ヤジ馬の日本史

日本の常識は世界の非常識?この国が体験してきたユニークな歴史《日本史》の不思議をヤジ馬しよう!

微妙編18/武士なれど侍にあらず

面白いから読め読めとの、ちょいとした強要をひょんなことから受けるハメに なりました。 それが井原忠政著『三河雑兵心得』シリーズ(双葉文庫)であって、そうした経緯から 今回のそのうちの「拾四/豊臣仁義」のなかの一文から話題をつまみ出して みることにした次第です。 ともかく、シリーズ「第14巻」ということですから、早い話がメッチャ人気のある本と いうことになるのでしょう。 発行部数探ってみると、とっ…

数字編16/達磨大師の七転八起九年

とある選挙の開票結果を伝えるTV画面をぼんやり眺めていました。 当選が決まるや、その選挙事務所に集まった支持者たちと万歳を繰り返す光景は、 相も変わらずというところでしたが、ところが昔はお約束のように行われていた 達磨に目を入れるパフォーマンスはありませんでした。 そういえば、そうした光景を最近は目にしなくなったような気がするなぁ。 しかし、念入りな観察をしていたわけでもないので、ひょっとしたら…

事始め編37/陵墓は赤い土で取り囲む

~野見宿禰(のみのすくね)は、土師氏の祖として『日本書紀』などに登場する  古墳時代の豪族である~  ひょっこりのこと、Wikipediaにこう説明されているのをみつけました。 しかしちょっと待てヨ、この名前、どこかで聞いた覚えがあるゾ。 ということで、その「野見宿禰」なる人物の来歴を探ることにしたのです。 そこで、同じWikipedia のあちこちをキョロ見していると、こんな説明に遭遇です。 …

もしも編16/歴代藩主の名は堀外にも

筆者の生息地・尾張にはこんな言葉があります。 「尾張名古屋は城で持つ」 こんな意味合いだと説明されています。 ~江戸時代に流行した俗謡の一節で、名古屋城を自慢する言葉~ その名古屋城本丸は周りを堀で囲まれており、もう少し丁寧に眺めると、その堀の 外側の位置にニケ所の「金シャチ横丁」があることに気が付きます。 こんな説明と謳い文句になっています。 ~(金シャチ横丁は)2018年3月に名古屋城下に誕…

言葉編39/カミもホトケもワレもない

「神も仏もない」 これは世の無情、たとえば、大きな不運や不幸に見舞われたりしたことを嘆くときに、 よく使われる言葉です。 要するに、 ~この世の中に、慈悲深い神サマや仏サマが確かに存在してくれているのなら、  これほどまでの不運・不幸に見舞われることはないはずだ~ こうした気持ちを言い表しています。 実は、歴史にはこれによく似た言葉が登場しているのです。 「仏も我もなかりけり」 確かによく似てい…

例外編19/将軍正室の異例な弔い

徳川幕府歴代15人の将軍には、正室の他にもそれなりの人数の側室がいました。 その歴代分の全部を合算すると一体何人になるのかは知りませんが、その中に たった一人だけ、極めて異例で「例外」的な扱いを受けた女性がいます。 二代将軍・秀忠(1579-1632年)の正室・お江サン(1573-1626年)がその方です。 とは言うものの、お江さんの人となりについては忘れちゃっていることがあるやも しれませんの…

災難編23/二人旅の宮宿とそれから

拙宅からトボトボ歩いて15分ほどの場所に「七里の渡し」(宮の渡し)跡があります。 さて「七里の渡し」とは、その昔の街道である東海道五十三次の第41番目の、 ここ「宮宿」から次の第42番目「桑名宿」までの概ね七里(28km)の距離を船で渡る、 東海道唯一の海路を指しており、その出発地」、あるいは逆コースなら「到着地」に なる場所です。 もっとも、そうした昔ながら「渡し船」はとっくに姿を消して、現在…

落胆編17/バイリンガル鼻ッ柱折れる

今回のお話の主はオギュー・ソライ。 ちょっと聞いただけだと、あたかもフランス人あたりの名のようにも感じられますが、 実は歴とした日本人の名前で、漢字で表すなら 荻生徂徠(おぎゅう・そらい/1666-1728年)となります。 どんな人物なのか。 ~江戸時代中期の儒学者・思想家・文献学者で、「古文辞学」を標榜した~ メッチャ簡単になら、このくらいの案内になります。 そして折角ですから、その「古文辞学…

事始め編26/人体構造探究の夜明け

なにげに手に取った本にこんな一節がありました。 ~特に宝暦四年(一七五四)、六角獄舎前で古医方の医師・山脇東洋たちが  行った国内初の人体解剖は、漢方医学の誤りを糺し、洋書の正しさを  証明した画期的事跡~ 澤田瞳子・短編「人待ちの冬」 ところが、うすらボンヤリながらもそれとは違った記憶もあって、ことのついでに Wikipediaを覗いてみることにしたのです。 すると、 ~日本の歴史において最初…

逆転編15/創作は史実を駆逐する

播磨国赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(1667-1701年)が、江戸城松之大廊下において、 高家旗本(高家肝入)・吉良上野介吉央(1641-1703年)に斬りかかるという 由々しき事件を引き起こしたのは元禄14年3月14日(1701年4月21日)のことでした。 当日の江戸城が朝廷使者の接待準備を進める大切な日であったこともあって、 第五代将軍・徳川綱吉(1646-1709年)は素早い処置に及び、実行犯…

数字編15/その超・超人技はホントなの?

江戸時代の作家・俳諧師である井原西鶴(1642-1693年)には、俳諧を 短時間・大量創作することに挑んだ時期があって、1677年には一昼夜でなんと 1600句という記録を打ち立てたとされています。 ところが、どんな分野にもそうした記録に対抗心を燃やす者は出現するもので、 数ヵ月後にはこの記録も破られてしまい、そればかりか、その後も続々と新記録が 誕生したことで、西鶴が打ち立てたこの記録は早々に…

言葉編38/どこが違うの?違いがハッキリ!

さて皆様は歴史に登場する言葉それぞれの違いについてよくご承知でしょうか。  例えば、よく似た文字が並ぶ以下の言葉です。 〇公家(くげ) 〇公卿(くぎょう) 〇公暁(くぎょう/こうきょう/こうぎょう)  えぇ、かく申す筆者自身はかなりのオタオタ状況に陥ってしまうほどの、いわば 教養弱者ということもあって、敢えて皆サマに振った次第です。 このうちで日本史の語彙としてもっとも頻繁に登場するのは「公家」…

例外編15/旧精進川界隈の史跡過密地点

明治時代に入る以前のこと、熱田神宮の東方には「精進川」が南北に流れていました。 明治初期頃のその姿は、このように記録(1879年/明治12)されています。 ~精進川 村(3村合併の常盤村)ノ西方ニアリ 常水二尺(水深約60cm)   幅二間半(約406m) 緩流ニシテ清且淡ナリ 舟楫通セス堤防ナシ~ さらに、別の資料『明治の名古屋』にはこんな文言も。 ~明治39年(1906)1月20日に「名古屋…

数字編14/七福神に宗教カオスの香り

新年おめでとうございます・・・今年もよろしくお願いいたします。 お約束のご挨拶はこれくらいとして、さて、新春ということもあって、 本年最初の話題として、めでたいテーマを選びました。 ズバリ「宝船」と今年の干支である「蛇」と、そして「七福神」です。 ええ、どれも年賀状イラストなどでよく知られているものです。 Wikipediaにはこんな説明があります。 ~七福神(しちふくじん)とは、インド伝来の仁…

信仰22/仏サマにも序列がある

時折耳にする~日本の常識は世界の非常識~という感覚は、何とはなく信仰の面にも 当てはまる気がします。 たとえば、キリスト教やイスラム教などのいわゆる「一神教」に対して、日本の場合は、 「八百万神」と言われる数多の神々を祀っています。 「一神教」の世界からしたら、こうした日本の信仰態度は神に対する常識を大きく 逸脱した「非常識」に映るようにも感じられるのです。 とは言うものの、それほど仰山の神サマ…

忘れ物編40/お城博士桶狭間を語る

とんと知りませんでしたが、こうした講演会が地元で開催される旨のお知らせが ひょっこりLINEに入りました。 〇講師・講演/千田嘉博 「桶狭間の戦いと大高城」 〇日時・会場/2024年12月21日㈯ 13:00→15:30 名古屋市教育センター講堂 〇申込・定員/定員800名 事前申込制(応募者多数の場合は抽選) ついでのことに関連する情報を探ってみると、講師の顔写真も登場。 それを見て…

数字編13/将軍上洛の時代的風景

筆者の生息地・熱田では、地元の熱田についてもっとよく知ろう、もっとよく 知って貰おうとの趣旨のイベントがこ数年続けて開催されています。  うっかりすると噛みそうなタイトルですが、「あったか!あつた魅力発見市」と 銘打っています。 もっとも、こうした地元の啓発・情報発信という高尚系の目的だけではなく、 その側面には地元有名店の商品販売という経済的な理由もあるやにも感じられる ところです。 本年(令…

付録編29/流行り廃りは偉人にも

たまたまの用事でとある超長老宅へ伺った時のこと、床の間の掛け軸にひょいと 目が留まりました。 そんな折に、たまたまのことWikipedia記事に同じ図柄を見つけたのです。 そうした御縁もあって、すこぶる安易な姿勢でなんとも申し訳ないのですが、 それを今回のテーマに取り上げることにしました。 しかし、なにはなくともその図柄が無いことには話が続きません。 さりとて、筆者が言葉で過不足なくその図柄を説…

偶然編17/五世の孫のお手柄異聞

ひょんなことから、いわゆる「子孫」に対する呼び方を探ってみることになりました。 「自分自身」を基準の「0世代」として眺めた場合、1世代下るごとにそれぞれが どんな呼び方になるかということです。 1世代目=子/2世代目=孫/3世代目=曽孫/4世代目=玄孫(げんそん やしゃご)、 多分ここらあたりまで知っている人はそうそう珍しくないでしょう。 なにせ筆者ですら承知していたくらいですからねぇ。 なぜな…

アレンジ編29/武家政権の日陰的将軍たち

組織のトップに征夷大将軍を据える形の「幕府」という政治方式を採用した 武家政権は、日本の歴史上に三つ登場しています。  しかも、そうした幕府の名称がそのまんま日本史の時代区分の名称にも採用されて いるわけですから、このことはかなり重大な意義を持つものと思われます。 念のために、そうした幕府を時代順に並べてみるとこうなります。 〇鎌倉時代/鎌倉幕府(1185?-1333年) 〇室町時代/室町幕府(…