トホホ編41/武士のちょい変わったお仕事
図書館でひょいと手に取った本の、そしてたまたま目にしたページに
こんな文章があって、ついうっかり「衝動借り」してしまいました。
~ご存知の通り、私は他の作家諸氏が取り扱わない役目を題材にした物語を
得意にしている。
屋右筆、勘定吟味役、御広敷用人、お髷番こと小納戸月代御髪係、表御番医師、
闕所物奉行、禁裏付、目付などである~
ジャンルがユニークなうえに、俄然面白そうなその本は、
上田秀人著「江戸役人物語/武士の職分」角川文庫。
小さく「書き下ろし時代小説」とも銘打たれています。
そこに記されている数々の御役目名などには、とんと知識のない筆者ですから、
興味津々の「衝動借り」もいたしかたのないところです。
読み始めてみると、本の構成はこうなっていました、
まずは「変わった役職についてのまえがき」という章が設けられ、
ここで上記のような「変わった役職」についてザックリした説明があります。
その後の四つの章に、上記などのいわゆる「変わった役職」をモチーフにした
短編「書き下ろし小説」が続いています。
〇第一章 表御番医師の章
〇第二章 奥右筆の章
〇第三章 目付の章
〇第四章 小納戸の章
そして、さらに最後部分にはその四つの「変わった役職」についての「あとがき」が
設けられています。
まずはともかく、最初にある「変わった役職についてのまえがき」が面白いのです。
折角ですから、その一部をも紹介しておきましょう。 こんな具合です。
〇お城坊主/
時代劇でもたまに見かける茶色の羽織を身に着けた禿頭の役人である。
殿中の雑用を仕事としており、大名、役人といえどもお城坊主の手を煩わせずに
過ごすことはできなかった。
江戸城にあがったときの案内、着替えの手伝い、湯茶の用意など、お城坊主の
御役目は大名、役人と密接にかかわる。
お城坊主に嫌われると、これら所用に支障が出た。
とくに大名家は担当するお城坊主が決まっていたため、それ以外には用を頼めず、
機嫌を損ねると湯茶さえまともに飲めなくなったという。
領地や屋敷では殿様として、なんでもかんでも人手に頼る大名である。
手助けがなければ厠さえままならなかっただけに、お城坊主への気遣いは
相当なものだったようである。
筆者なぞは、そうしたお城坊主を「召使」もどきをイメージで捉えていたのですが、
どうやらお話は逆で、お城坊主に対しては大名の方がナイーブだったとの説明に
なっています。
そこで、念のための勢いでWikipediaの「お城坊主」も確認しておこうとすると、
なんと、そのもん単語はなくて「茶坊主」との項目になっていました。
~将軍や大名の周囲で、茶の湯の手配や給仕、来訪者の案内接待をはじめ、
城中のあらゆる雑用に従事した。
刀を帯びず、また剃髪していたため「坊主」と呼ばれているが僧ではなく、
武士階級に属する~
しかし、武士階級の人間ということなら、あの「剃髪/坊主頭/禿頭」姿には
どんな意味合いが?
これは筆者の個人的な疑問でしたので、自分で調べてみることにしました。
結論としては諸説があるようですが、そのなかで筆者が得心したのはこんあ説明です。
~彼らは本物の僧侶である場合もありましたが、形式上・役目上だけ僧形をして
いる人もおり、いわば「僧形の公務員」のような存在でした~
あるいは、
~これは、現代で言えば「制服」のようなものです。
戦国・江戸時代には、服装や髪型がその人の身分・職業・立場を如実に示して
いました。 「お城坊主」の剃髪も、その延長線上にあるといえます~
いやあ、知らなかったことを知るって面白いものですね。
ところが、著者はさらにさらに興味深い「職分」も持ち出しているのです。
お次には、読みにくいだけでなく、そのお役目すらとんと想像がつかない役職です。
〇公人朝夕人(くにんちょうじゃくにん)
これほど変わった役職は天下にあるまいと思う。
公人朝夕人とは、禁裏へ昇殿した将軍が不意の尿意をおぼえたとき、
狩衣や袴の脇明きから小用の筒を差し込むのが仕事であった。
現代でいうならば尿瓶持ちであろう。
もちろん昇殿できる身分ではないから、庭から筒を捧げ、
うまく将軍の一物を受け、小便が出終わるまで捧げ持つ。
「殿様」が絶滅種となった現代では、この「公人朝夕人」という「変わった役職」も
無くなってしまったわけですが、それにしても「殿様」って人種は一人で小便も
させてもらえず、それを思えば反面不自由な身分だったとも言えそうです。
お城坊主 / 尿筒
他にもこんなおどろおどろした名前の職分も紹介されています。
〇殺生奉行(せっしょうぶぎょう)
殺生奉行は、網奉行、鷹匠と同じく、将軍の狩を司った。
(中略)
将軍が鉄炮で鴨撃ちや鶴を仕留めていたのは知られていることから考えて、
殺生奉行は鷹狩り以外の狩猟を管轄したのではないだろうか。
いわずもがなだが、網奉行も殺生奉行も、五代将軍綱吉の施行した生類憐みの令の
余波を受けて廃職になっている。
なるほど、こんなところにも「歴史」の影響はあるものだなぁ・・・
なんて感慨に浸っていると、まだまだ続いています。
〇熊丹胆皮吟味役(くまたんぴぎんみやく)
熊胆は漢方薬の貴重な材料である。
とくに冬眠中の熊胆は効果が優れているとして珍重され、盛岡藩の大きな
収入源であった。
その熊胆の品質を管理し、熊を獲るマタギたちの保護を担当するのが
熊丹胆皮吟味役である。
〇留守居役
幕府留守居役とは似て非なる役目である。
なぜ留守居役という名前になったのかは、よくわかっていない。
藩主のいない場所で交渉を担当することから、そうよばれたのではないかと
推測している。
留守居役は幕府からの指示を藩に伝え、藩からの要望を上申するのが
主たる役目である。
その重要性は幕府も認識しており、江戸城中に留守居役の控え室を用意していた。
中之口御門を入ってすぐにある蘇鉄の間がそれであった。
蘇鉄の間は七十畳という大広間だが、三百諸侯の留守居役が集まったのだ。
一人あたり半畳ほどしかない。 かなりせせこましい状況だったろう。
ちなみに「似て非なる役目」とされている「幕府留守居役」とは、Wikipediaでは
こんな説明になっています。
~幕府における留守居は、老中の支配に属し、大奥の取り締まりや通行手形の管理、
将軍不在時には江戸城の留守を守る役割を果たした~
独立した項目にはなっていませんが、「小納戸」についても触れています。
~小納戸(こなんど)は、江戸幕府の役職のひとつで、将軍近侍職にあたる。
小納戸が廃された慶応二年(1866)の記録では、じつに百四十人に及んでいる。
百四十人もの数がいる。
将軍の日常がどれだけ、過保護であったかわかろう。
それこそ、朝起きてから夜寝るまで、どころか寝ている間も、人手がかかわっていた。
実際、将軍は小便をするときも手助けされ、大便の後始末まで小納戸にさせていた。
これで戦場に立てるはずはない~
そして、こうした将軍の置かれた状況に対して、こんな思いを漏らしているのが
印象的でした。
~長州征伐が失敗に終わったのも当然であった。
幕府は天下を統一した武将が朝廷から大政を委任されて開くものである。
鎌倉幕府も、室町幕府も、徳川幕府も同じである。
乱れた世を力づくでまとめあげた武将だけに許される特権が、征夷大将軍の
地位と幕府である。
自分で自分のことを何一つしな将軍に、戦場での指揮や、人心掌握など
できるわけはない。 徳川幕府が倒れたのも当然の帰結であった~
著者のこの思いに妙に同感してしまったのが、根っからの付和雷同人間こと
筆者なのでした。
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