明発見編31/暗黒社会?が世界遺産を
現在はどうか知りませんが、昔の、それもかなり昔と言えるほどの頃の学校の授業では
江戸時代を割合否定的に捉えていたように思います。
鎖国による閉鎖社会/士農工商の身分制度/重い年貢/一揆の頻発/飢饉による
餓死者などなど、まさに「暗黒社会」とも言いたくなるような面ばかりが必要以上に
強調されていた印象が、昔の若者である筆者にはあります。
ところが最近では、多少の変化が現れているようで、まあ「天国・極楽」とまでは
言えないものの、同じ時代の外国に比べたら、日本庶民の方がはるかに「人間らしい」
まともな暮らしが営めていたのではないか、という見方も登場しているようです。

その細かな論証は省くとしても、最も単純で明解な証拠として挙げられるのは、
江戸幕府がとにもかくにも260余年もの長い間「持ち続けた」という、
その歴史的事実です。
一時期は「人類の理想郷」ともてはやされたソ連ですら建国後70年そこそこで
崩壊していることを考え合わせるなら、これは意外に説得力のある指摘なのかも
しれません。
「人類の理想郷」が70年で潰れ、片や「暗黒社会」の方が延々と260年も保ったなんて
ことは、少なくとも常識的・公平な見方とはいえそうもないからです。
「外国」というものを知らず、また知らされず゙に暮らしていた先人達を、
「とっても可哀相で不幸だったに違いない」と思いたがるのが現代人の傾向の
ようですが、ところがドッコイ、我らの先人達はそれほどヤワでもなく、
実は、現代人ですらマネのできないレベルの「大仕事」を成し遂げていたのです。
それは、大きく捉えるなら「和風文化の醸成」で、つまりは世界に類を見ない
日本「独自の文化」を作り上げたことです。
いわゆる「和風」と称されるものは、浮世絵・料理・ファッションなどの分野に限らず、
誰が見ても外国のそれとは明らかに違う独特な雰囲気を備えています。

そしてその内の「和食」が2013年にユネスコの「無形文化遺産」に登録されました。
その背景にはいろいろな思惑も絡んでいたようですが、それはそれとして、
この「和食」が「独自性」を備えた「文化」の一端であることは、誰も否定できる
ものではありません。
ではなぜ、その「独自性」が保たれてきたのか?
それは、どう考えても「外国の影響」が極端に小さかったから、ということに
なるのでしょう。
つまり、外国文化に邪魔?融合?されることなく、その分だけ「独自文化」を
発展・発達させられたということですから、これが「鎖国」とはまったく無縁の
出来事だったとは到底思えません。
つまり、「鎖国=暗黒社会」オンリーの歴史観とは少しばかり違って、
「鎖国=和食の研鑽」という逆転思考もできるわけです。
つまりのつまり、
~和食の世界遺産登録は暗黒政策「鎖国」のお蔭~と言っても間違いではない?
明治の開国とほとんど同時期に「丁髷(ちょんまげ)」や「二本差し」が絶滅した
のに比べると、この「和食」の強靭さは実際目を見張るものがあります。
ところが、世の中には「素直さ」のカケラもない厭味な奴もいて、こんな発言が
聞こえてくることもあります。
~「和食」が開国以後もキッチリ生き残ったことは、実力とは無関係で
単にラッキーだっただけのことだ・・・なんせ、まだマクドナルドが
創業(1940年)されていなかったのだからな~
この罪深く罰当たりな発言者は、何を隠そう筆者です。
な~に、承知して言っているのですから、どうぞ見逃してやってくださいね。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。