謎解き編30/レアなる響きの日本語
日本語としてはいささか特殊に感じられる音韻を持つ言葉があります。
例えば「ひょっとこ」、あるいは「こんぱる」などがそれで、その発音は
割合に漢字に馴染みにくい印象になっています。
他にも「きんぴら/こんぴら」なんかもその部類に数えていいのかもしれません。
しかし探ってみれば、それらそれぞれが立派な漢字表現を有していることが
分かります。 こんな具合です。
ひょっとこ=火男/こんぱる=金春/きんぴら=金平/こんぴら=金刀比羅/
さて、ある日のこと仲間うちの雑談中にふとこんな言葉が出たのです。
「ぎっちょ」もその仲間ではないかえ?
ええ、要するに左利き(左ぎっちょ)を意味した言葉です。
おお、そうかもね。 なんて気楽に構えていたのですが、ところがこの言葉に
対する仲間の反応には結構バラツキがあったのです。
たとえばこんな具合。
A氏/完全に差別用語なのだから、このような場面では使うべきではない。
B氏/このド田舎・尾張だけで通じる方言にすぎないのだから、それ以外の人も
加わった場面では、普通に「左利き」との表現をすることが望ましいゾ。
C氏/郷に入れば郷に従え、という言葉もあるのだから、この地・尾張に身を置いて
いる者であるのなら「左ギッチョ」もごくごく普通の表現ではないか。
D氏/しかしダ、一種の隠語めいた雰囲気もあるからには、ここの場では
ともかくとして、不特定多数の場では控えることが良識というものかもしれん。
E氏/とんでもハップン! まごうことなき標準語であるからして、
それを使うにことにはなんらの制約もなければ問題もありゃあせん。
しかし、無知の見本のような連中がああだこうだと口に泡していても何ごとかが
始まるわけでもありません。
そこで、正解を探ってみようぞ、ということに落ち着いたのです。
さてその「ぎっちょ」という言葉を模索し始めたところ、まずはこんな説明に
遭遇しました。 ~左きき。 左ぎっちょ~
これは、とっくに承知していることですが、続いて、
~地域によっては「ぎっちょ」は差別用語にあたるため放送禁止用語になっているが、
東北地方では普通に方言として使われており、差別や相手を馬鹿にしている
わけではない~
えっ、差別用語/放送禁止用語になるなんてことはてんで知らなかったぞ。
しかしまあ、そういうことなら、裏を返せば標準語ということにもなるわけで、
A氏やE氏の主張は結構的を射ていたことになりそうです。
そうはいうものの、しかし、東北地方でも普通に方言として使われているという
ことなら、B氏の主張である「ド田舎・尾張だけの方言」というわけでもなさそうだ。
う~む、「ギッチョ」って言葉は結構奥が深そうだ。
そこで語源を探ってみると、Wikipediaにこんな記述が。
~「(左)ぎっちょ」の語源は「毬杖」(ぎっちょう)~
ええぇ、何ですか、その「ぎっちょう」って? ますますワケが分からんがや。
~毬杖(ぎっちょう)は、木製の槌(つち)をつけた木製の杖を振るい、
木製の毬を相手陣に打ち込む遊び、またはその杖~
筆者はそんな遊びをしたこともないし、そんな杖を見たこともないゾ。
すると、
~平安時代に童子の遊びとして始まり、後に庶民の間に広まり、
その後は形骸化していったが、正月儀式としては江戸時代頃まで残った~
なんだ、それで納得! 筆者は江戸時代にはまだ生まれていない。
だとするなら、知らなくても当然ということになる。
しかし、でもなぜ「左利き」のことを「毬杖」と言うようになったのか?
ここが肝心だ。 すると、
~左利きの人が毬杖を左手に持ったことから、「ひだりぎっちょう」の語源とする
説もある~
さらには、古い本にはこんな説明もあるとのことです。
~左の手の利きたる人を「ぎっちょ」といへるは、左義長といふ意~
う~む、ますます、茶の木畑へ入り込んでしまったようだ。
ええ、出口が分からなく迷路に迷い込んだようになってしまうことを、
筆者の生息地であるド田舎・尾張では「茶の木畑へ入る」って言います。
わりかし意味のない余談でしたがそれはともかく、ここから抜け出すためには、
この「左義長」にもアプローチする必要で出てきたようです。
左義長 / 丹下左膳
その「左義長」(さぎちょう/三毬杖)とはこう説明されています。
~小正月(正月15日またはその前後を含む期間)の行われる火祭り行事であり、
地方によって、とんど(歳徳)、とんど焼き、どんど、どんど焼きなどとも
言われる~
なんだ、最近では防火上の観点から市街地では行われることが少なくなってしまった、
あのどんど焼きのことなのか。
「左ギッチョ」と「どんど焼き」に関連があるなんてこれもとんと知らなかったなあ。
そんな流れで一応の解答が得られた後のこと、仲間雑談は別の話題に移ったのです。
これです。 ~左ギッチョ(左利き」の武士はいたのか?~
これも喧々諤々、数多の解釈が無責任にタレ流されるばかりで、確たる答えには
ほど遠い。 そこで今回もまたちょいと調べ直してみることにしたのです。
前回調べた折もその通りだったのですが、今回もまた最初にぶつかったのが
この説明でした。
~武士は利き腕に関係なく左腰に刀を差していた~
それでは左利きの武士はメッチャ不便だったろうに、と思いきや親切にもこんな
「一説」も紹介されていたのです。
~(江戸時代)当時は道が狭く、左利きが右腰に刀を差していると、道で
すれ違う時に相手の刀とぶつかってしまう。
刀の接触は相手への非礼とされていたため、これを避けるために左利きの者も
左越しに刀を差すようになった~ なるほどねぇ。
しかも、この頃は「右利き」が正しい所作だとされており、本来は「左利き」で
ある者も、それを矯正するように幼い頃から訓練されたとのことです。
~左利きは躾に失敗した結果~
まあ、こんな受け止めだったのかもしれません。
しかしまあ、世相そのものが戦のない平和を享受していていた時代でしたから、
刀を抜いての真剣勝負ということも、おそらくはそうそうはなかったことでしょう。
それを考えれば、「左利き武士」が「左腰帯刀」にしていたところで、
それほどの不便はなかったようには感じられるところです。
ただこうなると、実在はしなかったけれど、メッチャ有名な「隻腕」の剣士にも
触れる必要がありそうです。 しかも、左手一本で悪い奴をバッタバッタ・・・
ええ、人気時代小説の主人公・丹下左膳です。
小説家・林不亡(1900-1935年)が八代将軍吉宗の時代を借りて創作した人物と
いうことですから、つまりは江戸時代の人物ということになります。
それにこの左膳ときたら、何しろ隻腕だけじゃありゃあしないのです。
右腕・右目を失った、つまり隻腕で隻眼ときて、その上に剣の強さったら
ちょっくらちょいではないのです。 では、この丹下左膳の場合も、
~武士は利き腕に関係なく左腰に刀を差していた~のか?
そこで「丹下左膳」映画のスチール写真を確かめてみる。
すると、帯刀姿にはそれほどの拘りは持たなかったようで、作品によっては、
江戸時代に正式とされた左腰帯刀もあれば、それとは逆の右腰帯刀のポーズも
あったのです。
こんな大雑把加減が許されてしまうのも、もとより創作人物であることの
強みなのかもしれません。
ややっ、話が大きく横道に逸れてしまったぞ。
そこで元の「左ギッチョ」の話題戻ります。
結果、ド田舎・尾張を生息地としている筆者なぞは、上の経緯からこのように
受け止めた次第です。
~「左ギッチョ」とは、語源からしても決して差別用語には該当しないッ~
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