ヤジ馬の日本史

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トンデモ編13/科学VS信念の地球問答

住兵衛

ハビアン」という名前の日本人をご存知でしょうか?

あまりにキラキラネーム過ぎる印象で、ちょっと怪しい雰囲気がしないではありません。

そこで、ちょい調べることにしてみたのです。


すると、こんな説明になっています。

~ハビアン(1565-1621年)。 本名不詳。

 禅僧を経てイエズス会の門をたたき、修道士(イルマン)として活動したが、

 後に棄教してキリスト教徒弾圧に協力した~


おお、その経歴を辿ると、仏教徒→キリスト教徒→キリスト教弾圧、と結構

往ったり来たりしています。

そこへさらには、こんな説明も重なっています。


~またキリスト教と他の宗教を比較した著作を残したことでも知られる。

 不干斎 巴鼻庵(ふかんさい はびあん)と号した~

なるほど、そこで「ハビアンという日本人」ってことになるのか。

しかしまあ、大層な著作も遺したほどですから、ある意味、宗教活動には結構

熱心な人物だったと言ってよさそうです。


さて、上のデータ「1565年生-1621年死」に基づくなら、ちょうど「関ヶ原の戦い」

(1600年)を挟んだその前後の頃に活動していたことになりそうです。

そして、もう少し詳しいことまで覗いてみると、

~少年期は「禅僧」として過ごし、20歳頃にキリスト教に帰依~

このような説明にもなっています。


こうした経歴を見るだけでも結構波乱に満ちているのですが、帰依したその数年後には

イエズス会の修道士になったばかりか、ご丁寧なことに、この頃にはさらに

「仏教批判」の書までもを著したとされています。


キリスト教への改宗が悪いことだとは思いませんが、なにもわざわざ棄教したほうの

仏教の悪口を並べ立てなくてもいいような気もするところです。

しかし、まあ「熱心な信仰」というものは、元々がそうした傾向を持つものなのかも

しれません。

このあたりのことは、信仰・宗教に対する熱心さに欠ける筆者には正直なところ

よくわからないのですが。


   不干斎 巴鼻庵


ところがドッコイ・・・こうした改宗行動にはさらに続きがあって、

~40歳頃には修道女と駆け落ちをして、今度はそのキリスト教を棄教~

ひと昔前の仏教に続いて、こんどはキリスト教を棄教だってか。


なんの、これで驚いていてはいけません。

またまた棄教を繰り返しただけでなく、そのまた続きもあるのです。

~さらに50歳頃には、そのキリスト教を迫害する側に協力し、もっとさらには、

 55歳の頃にキリスト教を批判する書物も著している~


なんちゅうせわしい生き方でしょうか。

ですから、根っからコテコテの「宗教どっぷり人間」だったことは間違いなさそうです。

しかも、そうした「宗教活動」?が盛んだったというだけでなく、めまぐるしく

変遷したのですから、その宗教生活はメッチャ多忙だったともいえそうです。


さて、そうした中、ここに林羅山なる人物が登場します。

紹介するなら、こんな感じでしょうか。

~林羅山(はやし らざん/1583-1657年)は、江戸時代初期の朱子学派儒学者。

 才能を認められ、23歳の若さで家康のブレーンの一人となった~


ついでに触れておくと、後に(1614年)方広寺梵鐘の銘文、「国家安康」

「君臣豊楽」にイチャモンをつけて、豊臣家滅亡への導火線を布くようなことを

したのがこの林羅山です。


自分を見出してくれた徳川家康(1543-1616年)に「ゴマをする」ための、

正当な学説を無視した屁理屈を振り回したということですから、まさしく

「御用学者」と呼ぶべき所業でした。


こうしたハビアンと林羅山、その二人の間で展開されたのが、いわゆる「地球問答」

でした。 えぇ、なんですか・・・その「地球問答」って?

「地球」に関するハビアンの主張に対し、真っ向からそれを否定した羅山との間で

繰り広げられた問答といっていいのでしょうか。


1606年といいますから、ハビアンが「駆け落ち」をする2年ほど前のことで、

羅山はそれこそ家康に認められたばかりの頃ですから、両者の気合も充実していた

ことでしょう。

ハビアンが持ち出したのは、当時、西欧で認められつつあった「地球球体説」と

「地動説」でした。


それに対し、一方の羅山は、中国的科学とも言えそうな、なんと「地球方形説」と

「天動説」を持ち出したのです。

つまり、早い話が、地球は丸いのか、四角いのか?

これが問答の対象になったということです。

さて、その論争の行方は?・・・どちらが勝ったのか?


そんなもん、決まっていますよねぇ。

だって、ハビアンの主張は科学的にも瑕疵のない「地球球体説」であり

「地動説」なのですから、負けるはずがありません。

負けたら世も末です。


ところが、「世も末」、「事実は小説より奇なり」、・・・

実は~ハビアンの主張を羅山が論破した~のです。

つまり、「地球は丸い+地球が動く」説は「地球は四角い+天が動く」説に

勝てなかった、ということです。


   

      丸い地球 / 四角い地球


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こう聞くと、現代人としては、正しいはずの「球体+地動説」がどうして負けて

しまったのか、その理由を知りたくもなります。

しかし、これには現代人の持つ悪い癖「思い込み」が働いています。


要するに、自然科学の話題である以上、ここで行なわれたのは「科学論争」だったに

違いないという「思い込み」です。


しかしながら、実態としては「科学論争」というよりは、己の信念をぶつけ合う

「宗教論争」もどきの様相を呈していたのです。

しかもそれほどスマートなものではなく、むしろ「負けてたまるか!」という両者の

意地のぶつかり合い、殊に羅山の場合は屁理屈に終始しました。


そりゃあそうでしょう。

科学的には間違っている「地球方形説」をもって、科学的に正しい「地球球形説」を

論破したというのですから、まともな論法であったはずがありません。

実際、その時の羅山は持ち出した理論をちょっと聞いてみたい思いもするところです。


そこで、以下に筆者が想像する、羅山が持ち出したであろう「地球方形説」の一部を

示しておきます。

えぇ、エエコロカゲンのヨタ話に過ぎませんのでその点は、お間違いなく。

羅山が持ち出したのが、相当なトンデモ説だったことは想像に難くありません。


林 羅山~地球が丸い・・・ってのは、皿のように丸いって言っているのかえ~

ハビアン~いいえ、ワタシはボールのように丸いと言っているのです。

     なのに、アナタはあくまでもサイコロのように四角いとおっしゃるので~


林 羅山~いかにも! 辺りを見回してみよ!

     地べたに丸いところは見当たらぬのに、そっれでも「ボールのように丸い」

     とはなんだ、卑怯者め!~


ハビアン~卑怯者とか卑怯者でないというのは問題のすり替えですから、

     やめてください。 それはともかく、では逆にお訊ねしますが、

     地球がサイコロのように四角いということなら、どこかに

     『角(かど)っこ』ができるはずですが・・・~


林 羅山~確かに、そうじゃ!~


ハビアン~ではでは、その地球の『角(かど)っこ』が、そもそもどこにあると

     おっしゃるのか? とんと見当たりませぬが・・・~


林 羅山~愚か者め! 見て気がつかぬのか・・・

     あの尖んがってそびえ立つ『富士山』がそれじゃ。

     富士山こそは、この地球のまさしく『角(かど)っこ』に当たる部分

     なのじゃ!~


で、その見解をあまりにも馬鹿らしく感じてしまったハビアンは、その問答から

降りることにしたのです。 すると、その姿を見て、

林 羅山~どうじゃ、ぐうの根も出ないようじゃな。

     どうやらこの「地球問答」は、私の完全勝利のようじゃ~


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