異国編18 旅人に似合う隠れバイト
「隠密」(おんみつ)とは、こう説明されています。
~主君などの密命を受けて秘かに情報収集などに従事する者~
要するに「隠れてヒッソリ秘密裏に」ということですから、現代風にいうなら
「スパイ稼業」、つまり秘密諜報員/地下工作員/産業スパイもどきのイメージに
なるのでしょうか。
幕府/諸藩/その他など、所属する組織は諸々あったのでしょうが、こうした活動は
平和だった江戸時代にも結構盛んに行われていたようです。
幕府は諸藩の動向を的確に把握していないことには不安ですし、逆に諸藩は
諸藩で、ある日突然に「改易」なんてこともないではないのですから、お気楽に
構えているわけにもいきません。
そうしたか活動が盛んだったことは、たとえば幕府の隠密が、全国大名の素行調査に
当たった結果をまとめたものとされる
「土芥寇讎記」(どかいこうしゅうき/元禄初期(1690年頃?)という書物さえ、
しっかりと残っていることからも分かります。
もっともそこはそれ、「隠密」という内容にふさわしく、製作の目的もまた
編著者の名前も不明とされているようですが。
さて、文書系の情報入手はともかくとしても、巷の生きた情報を収集するには、
当然ながら「言葉」の理解が欠かせません。
「標準語」意識が浸透し始めたのは明治時代以降のことですから、おそらく
この時代は全国津々浦々にまだまだ生々しい現地言葉(方言?)が溢れていたと
思われます。
これが的確に理解できないことには正しい情報収集とはなりません。
なぜなら、これが不十分な出来だと言葉の理解に齟齬を生みかねないからです。
ですから、こうした場合の諜報活動は現地言葉をマスターすることから始まると
言っていいのでしょう。
たとえば、(筆者の生息地)尾張国の町人が何気に発した言葉。
~さあみんな、そろそろ花見に行くマワシをしよみゃあか~
これが、尾張弁が不得手な隠密Aの報告になると、
~花見に行く町人達が「マワシ」をしていくそうですから、現地会場では
「相撲大会」が企画されている公算が大~
こんな報告にもなりそうです。
ところが、尾張弁が堪能な隠密Bの報告だとこんな内容になります。
~町人たちが花見に行く「準備」を始めようとしています~
「マワシ」という言葉を、隠密Aは相撲の「まわし(褌)」と理解したのに対し、
尾張弁に堪能な隠密Bは、それを「準備」のことだと適確に聞き分けられたと
いうわけです。
さらにはこんなケースも。
顔見知りにばったり出合ったとき、
尾張人~おぅおぅ・・・ダレダシャンと思ったがや~
この言葉に対する隠密Aの報告。
~蘭語もしくは仲間内の隠語と思われる“ダレダシャン”なる 言葉を使っていること
から、いわゆる「蛮学社中」の一味である可能性が極めて濃厚だと思われますッ!~
ちなみに「蛮学社中」とは、国学者側が「蘭学を学ぶ者達」を
「蛮学を学ぶ社中(グループ)」という意味で使った言葉です。
しかし、これに対する隠密Bの報告は、
~久しぶりに会ったのか、「誰かしらんと思ったゼ」なんて、軽口交じりの挨拶を
していました~
的確です。
えぇ、「誰かしら」という意味合いを、生粋の尾張弁では「ダレダシャン」と
言うのです。 ほとんどフランス語の響きです。
そう言えば、「みゃあみゃあ」言葉とも揶揄されることもある尾張弁ですが、
英語やドイツ語に比べたら、「フランス語」は明らかに「みゃあみゃあ」系の
言葉だと言えそうです。
そこら辺をよく吟味してみるなら、ひょっとしたら尾張弁とフランス語は、
言語学的には同じルーツを持っているのかもしれません。
その可能性は、限りなく高い・・・と力説している現地(尾張)のヒマ人もいる
くらいのものです。
さて、キリがないのでもう止めることにしますが、こうした言葉の誤認・情報の錯誤
などのリスクは全国的に共通だったはずです。
さりとて、現地語に堪能なローカル隠密をいちいち「幕府」自身の手によって育成して
いたのでは、とてもじゃないが時間もかかるし金もかかる。
そこで、以下はかなりご都合主義の推測になりますが、この課題に取り組んだ幕府は、
こんなアイデアに辿りついた・・・のではなかろうか?
~アウトソーシング(外部委託)という手があるじゃないか!
それにこの方法なら隠密自身が現地語を習得する必要もない!~
そして、そのアウトソーシングの発注先を「旅行者」の立場にある人たちに求めました。
理由はいたって単純。
~諸国遍歴中の者なら、難解な現地語?が話せないのも当然だし、むしろ
その遍歴に対する興味や好奇心を抱いて、現地人?の方から話しかけてくる機会も
増えよう・・・結果、濃密かつ豊富な情報を、耳からも収集できるというものだッ~
では、具体的にどういう人達に目を付けたのか?
分かりやすい例として、娯楽分野を挙げるならまさにこうした諸国遍歴を日常と
している「旅芸人」。
あるいは、芸術分野なら各地で同好の士を集め、頻繁に会の開催を繰り返す
連歌師・俳諧師など。
この他にも、諸国への取材旅行(遍歴)が欠かせない風景画の画家なども、
こうした「兼業隠密」?の有資格者となりそうです。
松尾芭蕉&河合曽良 / 葛飾北斎
そこで、こんな人たちにも「隠密説」が囁かれることになります。
たとえば、門弟・河合曽良を伴って出た奥州旅行の紀行文「奥の細道」で有名な
俳諧師・松尾芭蕉(1644-1694年)。
モロに旅人です。
あるいは、改号30回?転居93回?の上に、長期旅行を頻繁に繰り返したことで、
当時の人名録には「居所不明」と記載されてしまうなど、数多の奇癖の持ち主だった
天才画家・葛飾北斎(1760?-1849年)。
「引っ越し魔」は優秀な「情報収集屋」だったのかもしれません。
さらには、樺太 (サハリン)が島である事を確認し、「間宮海峡」を発見した
探検家?間宮林蔵(1780-1844年)・・・などなど。
こうした著名人に対して、現在なお「隠密説」が根強く囁かれているわけですが、
その共通点は、「旅行者」つまり「諸国遍歴者」もどきの境遇に長らくあったことです。
ただ「隠密」の所属組織・業務内容・関り方などには、それこそケース・バイ・ケースで
多種多彩なバリエーションがあったものと想像されますが、しかしこうしたこともまた
「隠れてこっそり秘密裏に」の大原則からすれば、詳らかにされないのは当然です。
ですから、上記の人達に対して囁かれる「隠密説」を、間違いなく確かなことだとは
言い切れません。
ただ、仮にそうした雰囲気の中にいた人物だったとしても、それほど奇異な印象には
ならないのもまた事実です。
ちなみに、これがフィクションの世界の「スパイ」となると、読者・観客に対する
サービスということもあって、すべてが明らかにされています。
たとえば、ジェームズ・ボンドなる人物は、「イギリス秘密情報部(MI6)」に
所属し、「殺人のライセンス」を有するコードネーム「007」を与えられた
「秘密工作員」・・・といった具合です。
蛇足ながら、これは近所のオジサンから頂いた貴重な時代証言です。
随分と大昔のことになりますが、なんでも、このジェームズ・ボンドを主人公に
した映画「007」シリーズの第一作「007は殺しの番号」(1962年)が評判に
なった頃には、~「0035は半殺しの番号」なんて言葉遊びもあったゾ~
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