数字編16/達磨大師の七転八起九年
とある選挙の開票結果を伝えるTV画面をぼんやり眺めていました。
当選が決まるや、その選挙事務所に集まった支持者たちと万歳を繰り返す光景は、
相も変わらずというところでしたが、ところが昔はお約束のように行われていた
達磨に目を入れるパフォーマンスはありませんでした。
そういえば、そうした光景を最近は目にしなくなったような気がするなぁ。
しかし、念入りな観察をしていたわけでもないので、ひょっとしたら「気のせい」と
いうことなのかもしれません。
そこで、その点についてAIに問い合わせてみることにしました。
すると、こんな答えが。
~ご指摘のとおり、近年の選挙において当選者がだるまに目を入れるパフォーマンスが
減少している背景には、いくつかの要因が考えられます~
ああ、筆者の「気のせい」だけではなかったようです。
そして、その「回答」は、なかなかに「現代」を捉えたものになっていたのです。
1/障害者団体からの指摘
→ 2003年の春の統一地方選挙時、視覚障害者団体から「だるまに目を入れて
選挙の勝利を祝う風習は、両目があって完全、という偏見意識を育てることに
つながりかねない」という要請がありました。
これを受けて、選挙事務所などではだるまの目入れを控える傾向が生まれたと
されています。
なるほど、「偏見意識」を助長しかねないって受け止め方もあったのか。
そういうことであれば自粛が浸透していったのも当然かもしれません。
ところが、そうした要請は既に2003年頃にはあったとのことですから、それにとんと
気が付いていなかった筆者の社会意識は、世間から20年以上も遅れていたことにも
なりそうです。
いささかカッコ悪い現実ですが、ところが理由はこれだけではなさそうなのです。
2/選挙活動の近代化
→ 選挙活動が時代とともに変化し、伝統的な儀式よりも効率性や現代的な
手法が重視される傾向があります。
これにより、だるまの目入れといったパフォーマンスが減少している可能性も
あります。
SNSなどのデジタルツ-ルを駆使した選挙の最終段階で、「ダルマの目入れ」という、
モロにアナログ的な姿を見せたのでは、そのチグハグ感もなるほど確かに、ハンパでは
ありません。
でも、そもそも「ダルマの目入れ」ってことが、どうして行われてきたのかしらん。
このあたりのことも、重ねてAIに訊いてみました。
すると、まず、
A/その意味合い
→ 選挙において「ダルマの目を入れる」行為は、「願掛けと達成の儀式」として
行われており、具体的には、以下のような意味があります。
〇必勝祈願→ 候補者は選挙戦が始まる前に片目を入れ、「当選」を祈願します。
〇願いの成就・感謝: 当選が決まると、もう片方の目を入れ、願いが叶った
ことへの感謝を示します。
〇有権者へのアピール: 昔から選挙の際に広く行われてきた習慣であり、当選者が
支持者と喜びを分かち合う儀式として定着しました。
これだけではなく、その「起源」にも触れていました。 で、それによると、
B/だるまの目入れの起源
→ この風習の起源には諸説ありますが、一般的には江戸時代の高崎(群馬県)の
だるま市に由来するとされています。
〇「縁起だるま」の誕生
: 群馬県高崎市の「少林山達磨寺」で作られた「高崎だるま」が商売繁盛や
勝負事の願掛けとして広まりました。
どのような変遷を辿ったのかまではよく分かりませんでしたが、しかしともかくも、
この「高崎だるまの願掛け」がきっかけだったようです。 そして、
〇片目を入れる風習
: だるまはもともと目が描かれておらず、「願いを込めて片目を入れ、成就したら
もう片方を入れる」という習慣が生まれました。
そして、その行動パターンは、やがて選挙にも用いられるようになったとのことで、
〇選挙への応用
明治時代以降、政治家が選挙戦の勝利を祈願して目入れを行うようになり、
全国に広まりました。
う~ん、こうなると、必然的にお話は歴史上の達磨大師(だるまだいし)にも
及ばざるを得ない。
C/達磨大師(だるまたいし)との関連
→ だるまは、禅宗の開祖とされる「達磨大師(ボーディダルマ)」に由来して
います。
でも、その「達磨大師」、その方をよく承知していないのですが・・・
すると、ここにも親切な解説が。
〇達磨大師はインド出身の僧:
6世紀頃に中国へ渡り、禅宗の基礎を築いたとされる。
へぇ、禅宗の基礎を築いた方だったのか。
でもだったら、そんなに偉い方が、なぜあのコロコロ感に満ちた「ダルマ人形」に?
なんとなくイメージ・ギャップを感じるなぁ。
どっこい、そんなことにも、ちゃんと答えが用意されていました。
達磨大師 / ダルマ人形
〇9年間の座禅伝説
伝説によれば、達磨大師は少林寺で「9年間壁に向かって座禅を続けた」とされ、
その間に手足が腐り落ちたとも言われる。
おお、そう言えば「面壁九年」という言葉もあったっけ。
~菩提達磨が、中国の少林寺で無言のまま9年間も壁に面して座禅し、悟りを開いた
という故事~
加えるに、「ダルマ人形」のあのコロコロ感もダテではないようです。
〇「倒れても起き上がる」精神:
これが「七転び八起き」の象徴となり、起き上がりこぼしの形をした
「だるま人形」が誕生した。
その「七転び八起き」(ななころびやおき)って?
~何度失敗してもくじけず、立ち上がって努力すること。
転じて、人生の浮き沈みの激しいことのたとえとして用いることもある。
七度転んでも八度起き上がる意から~
ちなみに、字面がよく似た「七転八倒」(しちてんばっとう)という言葉もありますが、
こちらは、
~激しい苦痛などで、ひどく苦しんで転げまわること。
転んでは起き、起きては転ぶこと~
そして、AIは最後にこのように締めていました。
~このように、達磨大師の不屈の精神が「だるま人形」に受け継がれ、
その縁起の良さから選挙などの勝負事に用いられるようになったと考えられます~
ということで、ここまで来たなら折角ですから、その「達磨大師」についても、
ちょっと知ってみたい。
するとまずは、こんな説明から始まっていました。
~菩提達磨(ボーディダルマ)は、中国禅宗の開祖とされているインド人仏教僧。
達磨、達磨祖師、達磨大師ともいう。
画像では、眼光鋭く髭を生やし耳輪を付けた姿で描かれているものが多い~
では、具体的にはどんな人物なの?
~菩提達磨についての伝説は多いが、その歴史的真実性には多く疑いも持たれている。
南天竺国王の第三王子として生まれ、般若多羅の法を得て仏教の
第二十八祖菩提達磨になったということになっている~
「なっている」なんて、ちょっとばかり腰の引けた表現になっているのが気には
なりますが、
~全ての達磨伝説は『洛陽伽藍記』卷一 永寧寺の条(547年)に始まるとも
いわれている~
じゃあ、具体的にはいつ頃の方なの?
~528年11月2日に150歳で遷化(死亡)したとされる~
さらには、~達磨により中国に禅宗が伝えられたとされる~など、あちらこちらが
「・・・とされる」の連続でラチが明かない印象ですが、これから逆算すると、
「429年生」ということになり、亡くなった時期はちょうど日本の「仏教公伝」と
される538年?552年?より少し後の頃だったことになります。
その「達磨大師」についてもうひとつ。
一般的には、このくらいの説明になっているようです。
~日本の宗教にも大きな影響を及ぼした。
禅宗では達磨を重要視し、「祖師」の言葉で達磨を表すこともある~
要するに、「禅宗」においてはメッチャ偉い人物であり、またその上に、
メッチャ多くの伝説に包まれた存在、ということになるようですね。
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